川上犬(かわかみけん)」ってどんな犬?
「秩父山塊のニホンオオカミが猟師によって飼い慣らされた」との言い伝えが残っている。柴犬は長じて顔が丸くなる傾向があるが、川上犬は、狼の面影を感じさせる野性的な顔で、長野県の天然記念物。
戦時中は、上野動物園のゾウたちがエサを与えられないので泣く泣く殺された物語が絵本にも残っていて有名だが、川上犬も軍の撲殺令により絶滅の危機にひんした。が、自分の飼っていた犬をつがいで逃がした村長の機転により、戦後生き残っていることが判明。その息子の現・藤原村長や有志の努力により保存・復興され、現在では約350頭までに生息数が回復している。
もともと岩場でカモシカを追っていた犬らしく、オスは2メートルほどもジャンプする力がある。竹やぶの中でも獲物を追っているときに自分の位置を飼い主の猟師に知らせるため、尾っぽを丸めて立てているのだという。
川上村は、山梨県の小淵沢から千曲川の上流に沿って長野県の小諸を結ぶ小海線(愛称・八ヶ岳高原線)の間にある信濃川上駅一帯の村。高原レタスの産地として有名だ。清里ー野辺山間には標高1375mのJR鉄道最高地点があり、野辺山駅は標高1345mのJR線最高駅。
川上村も標高1100m~1400mに位置するため寒冷な気候で、ヤマイヌの生息域と合致する。だから、川上犬は、子犬でも-25℃以下にもなる村の厳しい冬の気候に耐えるほど寒さに対しては強いが、夏場に高温多湿となる地域での飼育には向かない。
なんで我が家に川上犬「ハッピー」がやってきたか?
戌年(いぬどし)にちなんで、そろそろ犬を飼おうと思った。
前年の12月のことである。
もともと、小さいころから犬が好きで、飼いたくてしようがなかったのだが、生まれてからずっと公務員宿舎で暮らしていたので無理だった。その後も、アパート、マンション暮らし(今のようにペット可のマンションはほとんどなかった)が続き、一戸建てに暮らし始めたのは、33歳になってから。
でも、ちょうど長男が生まれ、犬どころではなくなった。
ロンドン・パリとヨーロッパに暮らし、家族も5人(子ども3人)となって40歳で日本に戻ってきてから、43歳で家を建てた。設計段階から庭のデッキの隅に犬小屋があってもおかしくないイメージで(笑)。
長男が大学に入ったタイミングで、長女にもお世話をする対象が欲しいかな、とも思った。実際、まだ和田中学校の校長をやっていたから、家で無理なら、学校の中庭で飼えないか、とまで考えた。軽度発達障害の子も含め、情操的にもいい影響があるはずだ。もっとも、この案は養護教諭から「動物アレルギーの子もいるから」と諭されて諦めざるを得なかったのだが。
意識が強くなっていたからだろう。「引き寄せるチカラ」は、あらゆるときに、私にニュースを運んでくる。
朝日新聞に「来年の干支にちなんで、天然記念物の川上犬が上野動物園にやってきた」という記事が小さく載っていたのだ。子犬3匹の姿が愛らしかった。
飼うとしたら、和犬しかないと思っていた。ゴールデンレトリバーのような大型犬と優雅に散歩するのは憧れだが、ネオ・ジャパネスク(現代和風)デザインの我が家に洋犬は似合わない。かといって、スーパーで買ってくるのも気が引けた。
そこからの私の行動は早かった。
川上犬と川上村の情報を徹底的にWEBで調べて、村長が同じ姓名だと判明。
父の故郷が小海線・小淵沢(正確には甲斐大泉)だったので、親戚かもしれないとまで語って村長にアポを取った。飼い主候補が何人も列をなして並んでいるとのことだったが、誕生日を迎えた小学生の長女をともなって電車で現地に向かう。
雪だった。
結果的には、いくつものラッキーが一匹の子犬を私たちのもとに引き寄せた。
車で受け取りに来られるはずのご夫妻が、雪で村まで登って来れなくなったらしい。偶然にも隣村で僻地医療に携わっている旧知の友人が保証人になってくれ、しかも、12月24日クリスマスイブだというのに、息子さんと私たちを東京の自宅まで送ってくれることに。もちろん、ときには学校で子どもたちと触れ合わせたいし、繁殖に貢献することで川上犬の保存にも協力したいと思った。
いまはもう、犬の健康を考慮して、零下15度以下になる場所でないと飼えないのだと言う。
幸い、ウチの川上犬「ハッピー」(血統書上の名は「琴風号(きんぷうごう)」娘の名の一字をとった)は、2歳で村長のウチの郷風と結婚して3子をもうけた。
私は自分の3人の子の出産に立ち会い、末の娘は自分で取り上げた希有な経験を持っているのだが、3匹の子犬が庭で生まれた直後の情景は忘れられない。
犬のお母さんは、おっぱいを飲ませると、ウンチのお世話は、すべて子犬のお尻を舐めてあげることで奇麗にしてあげるのだ。
手で撫でてあげることはできないから、3匹を代わる代わる。眼を開けて自分で歩けるようになるまで、何度も何度も、ひたすら舐め続ける。
ハッピーの出産直後の貴重な映像
川上犬《ハッピー》の出産直後の貴重な映像と子犬出産から約2週間後の映像です。
ハッピーの成長アルバム
我が家にやってきた直後のハッピー、生後2ヶ月の雌犬。なんとなく「わたし、どうしたらいいの?」って感じですね。
でも、川上村から3時間近く娘に抱っこされて、ようやく家に着いたハッピーは、安心しもしたのでしょう。ご挨拶替わりに、リビングでさっそくウンチをしたのでした。
犬の成長スピードは人間の7倍ともいいますが、成犬の顔つきは凛々しくて、どこか、ニホンオオカミを感じさせますね。よく吠えるのでご近所に迷惑もかけているのですが、地域の防犯上は、ちょっとは役に立っているのかな?
出産直後のハッピーと赤ちゃんたち。父親が村長のところの黒毛の川上犬だったので、2匹が黒、1匹が茶でした。やがて2ヶ月経ったら川上村の森林組合(保存会)を通してもらわれていくので(川上犬は売買されていません)、名前をかりに「(茶色だから)チャーちゃん」「(黒毛だから)クーちゃん」「(黒だが足の裏がピンクだから)ピーちゃん」と娘が名付けました。
チャーちゃんにあごを乗せて寝るハッピー。非常に珍しい光景。
子犬は生まれてから2週間ほど眼を開きません。匂いだけで母親のおっぱいを探すんですね。それ以外の時間は、こんなふうにただ寝てるだけ。ねずみが3匹という感じ。犬の出産など初めてだったので、眼が開かないことにもドキドキ。
ラッコ状態で寝るのはクーちゃん。
麻呂(まろ)っぽい気品が漂う眉があるのはピーちゃん。
かなり犬らしくなってきました。もうすぐお別れです。最初連れてきたころのハッピーにもなんとなく似ていますよね。
川上村の保存会にお返しする前日に、学校に運んで、生徒たちに、子犬と触れ合ってもらう会をやりました。2月だったので、受験生の3年生がずいぶん喜んでくれたなあ。3匹を300人の子どもたちが入れ替わり立ち代わり抱っこしたので、少々戸惑い気味ではありましたが、おもらしもせず立派、立派(笑)。
さあ、どんな飼い主にもらわれていくのかなあ?・・・元気でね!
ハッピー2度目の出産
川上犬《ハッピー》の2度目の出産は、結局一人っ子でした。