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元フェローメンバー《有森裕子》



 「ゴールした瞬間、こんなにホッとした気持ちになったのは、初めての経験でした。アトランタ五輪以来のレースとなったボストンマラソンは、私にとって過去6回のレースとはまったく違う意味を持っていたからです。
 一つには、実業団チームの一選手としてではなく、初めて個人として賞金レースに参加したということ。アトランタ五輪の後、実業団チームを退社。それまで在籍していたリクルートとはフェロー契約を結び、新たに“チーム有森”を結成しました。専任のコーチ、トレーナー、練習パートナー、栄養士などを自ら選んで仕事を依頼しましたから、今回のレースには、自分とスタッフの生活もかかっていたわけです。
 もう一つは、夫ガブリエルと結婚して初めてのレースだったこと。私のためだけでなく、私たちのために、走らなければならない。そんなレースだったこともあります」
 ボストンマラソンでの快挙をこんなふうに語る有森は、1998年10月に、彼女自身が発起人で且つ代表を務めるNGO『ハート・オブ・ゴールド』を設立した。

 「長期間にわたり内線が続いたカンボジアは、第二次大戦後の世界で、国民が最も大きな悲劇を味わった国です。1975年から始まったポル・ポト政権の大虐殺では、200万人が命を失ったと言われています。一方、繰り返される戦闘の結果、世界最悪の地雷汚染国となってしまいました。4万人もの人たちが手足を失い、今もなお、人口とほぼ同数の1000万個の地雷が埋められたままで、毎月数百人の死者、負傷者が出ています。
 このカンボジアのアンコール遺跡周辺を舞台に、1996年から『アンコールワット国際ハーフマラソン』が開催されるようになりました。参加者の出場申込金は、対人地雷で手や足を失った犠牲者や子供たちに義足を贈るために全額寄付されます。私も第1回の大会から参加する機会を得て、お手伝いをさせていただいてきました。
 今回、スポーツNGO『ハート・オブ・ゴールド』を設立したのは、私個人の枠を超え、しっかりとした組織で、このような国際貢献、社会貢献を息長く続けられるようにしたかったからです」

 「子供の頃、自信を持てるものが何一つなかった私は、“自分ができること、がんばってやれること”を必死で探していました。そして“走ること”に出会い“走ること”をがんばることで、生きていく希望と勇気をつかみました。だからこのNGOでは、国内外での被災地や紛争地における生活自立の支援を行うと同時に、苦境に立たされている人々、とりわけ子供たちの心のケアに力を注いでいきたいと考えています」 


(ありもり ゆうこ)
マラソンランナーとしてバルセロナ五輪で銀、アトランタ五輪では銅と2大会連続でメダルを獲得。
1998年1月にガブリエルさんと結婚。
1999年4月のボストンマラソンでは自己新記録で3位入賞。





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