
石川拓治著
幻冬舎
1300円(税抜き)
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本書は、NHKの人気番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」が生み出した本である。番組では紹介しきれなかった「奇跡のリンゴ」の生みの親、青森の農家・木村秋あきのり則さんの素顔をノンフィクションライターの石川拓治氏が見事にまとめた。
表紙にも「絶対不可能を覆した農家」との文字が躍るが、どこが「奇跡」なのか。番組ディレクターの柴田修平氏のまえがきにこうある。
「番組の冒頭は、東京・白金台のレストランのシーンで始まります。半年先まで予約でいっぱいの、知る人ぞ知る隠れ家レストラン。その看板メニューの1つが、『木村さんのリンゴのスープ』です。シェフの井口久和さんが、リンゴを刻みながらつぶやきます。『腐らないんですよね。生産者の魂がこもっているのか…』」。防腐剤ではない。不可能と言われた完全無農薬。自然のままのリンゴが、である。
「なぜ農薬も肥料も使わずにリンゴが実るのか、その科学的なメカニズムは明らかになっていません。確かなことは、木村さんの雑草の生い茂った畑には、多くの虫が息づき、カエルが卵を生み、鳥がさえずる。そこは本当に気持ちがいい場所です。リンゴの木にとっても、きっと同じだと思うのです」
ここまでに至る木村さんの壮絶な試行錯誤にはあえて触れず、1カ所だけ切り取ってみる。リンゴの木を荒らす害虫との戦いに疲れきった木村さんが、リンゴ箱を軽トラックの荷台にくくりつける縄を手に、山を登っていくシーンがある。
「弘前の夜景が、随分奇麗だったな。なんで弘前ってこんなに奇麗なのかなって思った。7月の31日だから、下界ではちょうどねぷた祭りの前の晩だ。(中略)思い残すことなんて何もない。何日も風呂に入っていなくて、久しぶりに風呂に入った時のように、さっぱりした気分で岩木山を登っていったんだ」
この本のあとがきでは「木村さんのリンゴは、『リンゴ本来』の味がする。(中略)まるで『味の彫刻品』のような感触が残る。(中略)薬漬けの無菌状態で、栄養剤を補給されている。それは、私たち文明人自身の姿ではないのか。木村さんが発見した『リンゴ本来の力』を引き出すノウハウは、私たちの生き方にも真っすぐにつながる。果たして、私たちは自らの内なる生命力をよみがえらせることができるのか?」と評されている。
今、何らかの理由で窮地に立つあなたに、この「ニュートンよりもライト兄弟よりも、偉大な奇跡を成し遂げた男の物語」を手に取ってもらいたい。
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