喜多川 泰著 ディスカヴァー・ トゥエンティワン 1500円(税抜き)


 120万部を超えたベストセラー『夢をかなえるゾウ』(飛鳥新社)にも匹敵するほど「幸福と成功」の技術を優しく指南してくれる本である。「ゾウ」は関西弁を話すインドの神様という奇想天外な設定であったが、こちらは悩める若者に手紙を書くことを生業としている地味な手紙屋。しかし、両者は、どことなく頼りない男の子が教えによって成長していく「育てゲー(ゲーム用語で『たまごっち』などの育成シミュレーションのこと)」仕立てという点で共通している。
 著者は塾の先生だ。
 評者は35歳でメディアファクトリーという出版社の創業に関わってから、ベストセラーとなった「幸福と成功」の指南本には大抵目を通してきた。その中でも『手紙屋』は異色だ。次の2つの教えにこの本の特徴が出る。
 まず、著者は(手紙屋はと言うべきか)、人間同士の交流はすべて「物々交換」だということに気づきなさいと諭している。世界中のどこでも、私たちが欲しいものを手に入れる方法は、それがモノであっても友情であっても「物々交換」であると。「相手の持っているものの中で自分が欲しいものと、自分が持っているものの中で相手が欲しがるものとを、お互いがちょうどいいと思う量で交換している」。
 だから、お金で何かを買う場合でも、それは「相手の持っているものの中で自分が欲しいものと、自分が持っているものの中で相手が欲しがる“お金”とを、お互いがちょうどいいと思う量に交換している」と言うことができる。小中学生にも教えてあげたいほど、明瞭な取引の定義である。
 次に評者が気に入ったのは、人は与えられた「称号」通りの人間になろうとするから、あなたが他人に前向きな「称号」を与えると、それ自体が世の中への貢献になるということ。「あなたのやっていることは、幕末の志士の誰々のようだ」とか「あなたは将来、こんなふうに大成するだろう」と、教え子や部下が勇気を持つような「例え」を使ってみる。すると「相手にその称号を与え続けるだけで、あなたはその人の人生にとってなくてはならない存在になるのです。そしてあなたの与える称号も、ほかの人にとっては物々交換の対象になるのだということを忘れてはいけません」。部下を従えるマネジャーには、金言となるセリフだろう。
 この本で手紙屋が主に「なぜ仕事をするのか」を説くのに対し、続編の『手紙屋 蛍雪篇』では「なぜ勉強するのか」を説いている。ビジネスマンには、圧倒的に1冊目を薦める。
(2008年7月28日号書評)
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