和田秀樹著 中経出版 1200円(税抜き)


 学歴コンプレックスのある人には鼻につくかもしれない。しかも、あの福沢諭吉の名著のタイトルを頂いてしまったのだ。怒る読者がいても不思議はない。
 しかし、本書はブームとなった「学力」本とは一線を画す。一貫して「ゆとり教育」を攻撃してきた学力派の著者が、新しい「愛国心」のあり方を問う問題作だ。著者は灘高校から東京大学の医学部を出た精神科医。『和田式要領勉強術 数学は暗記だ!』などの著書がある、受験界のカリスマの1人。通信教育による受験指導を行いながら、勉強を軽んじる傾向のある昨今の風潮を批判してきた。
 「愛国教育」についての見解がユニークだ。日の丸を掲げ、君が代を歌わせることに心酔する教育は愚かだと指摘。「あなたたちが本当に日の丸を守りたい、日の丸を堂々と掲げられる祖国にしたいのなら、何よりも勉強が重要である」と教えることが大人の務めであると喝破する。そうでなければ、日本はフィリピンのように、優秀な人材がみな米国などに移住し、専門職ですら国内では食べていけなくなって、学問ができない人ばかりが国内に残ってしまうだろうと警告する。
 経済協力開発機構(OECD)の調査で学力トップとなったフィンランドでは、1990年、当時29歳の教育相が、資源も子供の数も少ない小国では、国を滅ぼさないためには勉強する以外ないと説き、国民を挙げて「勉強すること」が新しい愛国心の姿になった。
 日本でも、世襲の身分社会であった江戸期でさえ、出世には役に立たないのに、農民や町人の子が寺子屋で読み書き、和算を教わっていた。和算には「開平」といって平方根が含まれていたそうだ。そうした勉強熱が庶民の子でも福沢の『学問のすゝめ』を読める教養のベースを作り、日本の近代化に一役買った。
 日本の再生には、もう一度、勉強から始めるしかない。著者はさながら「勉強教」の教祖のように繰り返す。「私は、少なくとも1年に3200人ほどが入れる東大に合格できないような人に日本国の首相になってほしくない」「そうした人物が首相として外国人と論争して勝てるだろうかという素朴な疑問を感じてしまうのだ」「日本で、賢い人間が政治家にならない、教師にならないというのは、一般大衆が勉強ができることに憧れを持たないという意識に起因している」…。
 いま一度、優秀な人間が照れずに「先生」になるべき時が来たのかもしれない。コンサルタントや作家やテレビタレントではなく、政治家や教師や技師として。
(2007年9月17日号書評)
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