ヘイッキ・マキパー著 明石書店 1800円(税抜き)


 本誌5月28日号の特集「本当の教育再生」では、私自身も取材を受けたが、終盤のフィンランド現地ルポが衝撃だった。29歳の若さで改革を担当した元教育相は、「地域のことは自治体が、子供のことは先生がよく分かっている。理想の教育は子供たちとの対話の中からしか生まれない」と、徹底した権限委譲を推進する。現場の自由を保証し、校長は自治体が、教師は校長が選ぶ。教科書検定もない。
 フィンランドは、経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査(PISA)で数学的リテラシー、読解力、科学的リテラシー、問題解決能力の4領域とも好成績を収め続ける注目株。本書は、その秘密を、東京に暮らすフィンランドセンター所長がまとめたものだ。
 PISA調査については、日本の子供の順位が下がったものだから「学力低下」の証拠として随分マスコミに騒がれた。普通に考えれば、豊かになったおかげで勤勉さを失い、子供も昔のように勉強しなくなったから日本では学力が下がり、フィンランドはその反対で、よく働き、よく勉強しているからだと推理できる。
 ところが、フィンランドの学校の年間授業日数は日本より少ない。7歳から14歳までの総授業時間数の国際比較データでは、27カ国中で最短。授業の中身もテーマ学習を中心とした「総合」っぽいものが多いし、塾での勉強や多量の宿題で補っているわけでもないらしい。
 はて、不思議だ。だとすれば、日本でこの数年散々批判された「ゆとり教育」が功を奏していることになる。
 秘密のカギは、本書のタイトルが示す「未来型学力」にある。フィンランドが育てようとしているのは、自立して行動し未来に貢献できる人間だ。正解が1つではない成熟社会に特有の状況下で「納得解」を導く力。だから、ゆとりある時間の中で、現場の裁量で経験学習を重視し、考える力を育む。PISAで問われるのもこの力だ。
 典型的な問題はこんな感じだ。「塀などの公共物にアートするのは犯罪か、それとも野外広告同様に許される行為か。意見を述べよ」ーー。読者ならどう答えるか?
 日本の教育の混乱は、育てる人材の軸を決め切れていないことにある。「未来型学力」に合わせたカリキュラムを組んだはずなのに、いまだに「旧来型学力」の尺度で業績を判断しようとする。「フィンランドでは教師はみな大学院卒らしい。だから日本も」という表面だけの真似はやめ、本質をいま一度議論するために有効な1冊。
(2007年7月2日号書評)
2007年4月23日号へ2007年9月17日号へ

よのなかnetホームページへ戻る