高橋祥友著 岩波新書 740円(税抜き)


 1998年以来、年間3万人を超えている自殺者。交通事故死の4倍以上、近年では15分間に1人の犠牲者が出ている勘定だ。
 もはやタブーにはしておけない、ということで今年6月「自殺対策基本法」も成立した。本書は、国や企業、高齢者を抱えるすべての家族が対策を考えるのに必要なバランスの取れた知識を提供してくれる。著者は国連の自殺予防ガイドラインの作成にも関わった精神科医だ。
 高齢者を抱えるすべての家族と書いたが、実は40〜50代の働き盛りの自殺者が急増している。読者にとっても他人事では済まされない。
 特に中学生の父親の世代では、死因のトップは病死ではなく自殺死。だから、私は中学3年の「よのなか」科の授業で、もう6年間も、自殺志願者とそれを抑止する友人の会話を生徒がロールプレイする「自殺抑止シミュレーション」や、自殺は許されるかについてのディベートに取り組んでいる。
 中学の授業で自殺を取り上げるのは時期尚早という声も教育関係者から出るが、そんな寝ぼけたことを言っていられないことは、本書を読めば分かるだろう。「武士の切腹などのイメージがあまりにも広く浸透してしまっているせいか、日本では覚悟のうえで自殺するといった先入観を多くの人が抱いている」「しかし、自殺は決して自由意思に基づいて選択された死ではなく、むしろ、ほとんどの場合、様々な問題を抱えた末の『強制された死』である」と著者は指摘する。
 「およそ10人に1人は一生のうちのある時期に、うつ病の診断に該当する状態になる。うつ病は決して稀な病気ではない。今では、うつ病を『心の風邪』と呼ぶことさえある。しかし、『風邪は万病のもと』とも言われるように、心の風邪も放置しておくと、最悪の場合には『心の肺炎』になってしまい、命取りにもなりかねない」とも。
 うつ病の兆候に気づくことが、本人や家族、あるいは会社にとっても、最も効果的なポイントだ。副作用が少ない抗うつ剤も開発されているし、多様な心理療法も生み出され、うつ病の85%は治療に反応するというデータもある。中学生に対しても、私は「14歳くらいで誰でも魂の揺らぎを体験する。死にたいと考えたら、まず『うつ病』という病気かもしれないと疑え。病気だったら1人で解決しようとしないで医者に行くでしょ」と教えている。
 世界に目を転じると、毎年、約100万人が自らの手で命を絶っている。殺人や戦争で亡くなる人の合計より多いのだ。まさに、心の内戦である。
(2006年12月4日号書評)
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