熊田紺也著 平凡社新書 700円(税抜き)


 日常会話ではタブーになっている「逝っちゃってからのこと」を描いた本。ただし「あの世」の話ではない。この世とあの世の狭間で、私たちが受ける葬儀サービスのことだ。
 著者は現役の「湯灌(ゆかん)師」。遺体を沐浴させて洗い清める仕事をするプロである。もともとはテレビCMのプロダクションで制作を担当していたが、30代で独立後、バブル崩壊で倒産。借金返済のため、49歳からこの仕事に就いた。
 「湯灌」といっても聞き慣れないかもしれない。仕事の段取りは、自然死のケースでは、ざっとこんな感じだ。まず浴槽を喪家の部屋に運び込み、遺体を清めるため、遺族に逆さ水をかけてもらう。爪切り、顔剃り、洗髪、洗顔をする。温水で全身を洗い流し、拭き上げる。着替えと旅化粧を施して安置する。
 このプロセスを終えて初めて「死体」は「ご遺体」になる。著者の場合、「エンジェルメークアップ」と呼ばれる死化粧の仕事はパートナーとして妻が担っている。
 4000体を洗い清めてきた著者が、その死の有り様から透かし見る社会への雑感が興味深い。
 「私たちが扱うご遺体は、その約2割が自然死でないもの、いわば特殊事例に属する。死因から見れば、事故死、自殺、殺人、行き倒れ、孤独死といったところだろうか。外国人もこれに含まれる」
 「家人全員が先に眠ってしまい、最後に風呂に入った方が亡くなった場合は、どうしても発見が遅れ、姿が変わってしまう結果になる。(中略)処置の第1は、水分の始末である。遺体はたっぷりと水分を含んでいる。まずは、新聞紙を使う。遺体が崩れることのないよう、そっとくるむようにして全身に幾重にも巻き、水分を吸い取る」
 1946年、京都生まれの著者は、団塊の世代に「湯灌師」としての第2の人生を呼びかける。この業界には、まだまだ人材が足りないらしい。
 何だかんだ言っても死体処理というのは特殊な仕事だ。「しかし、だからこそベンチャービジネスとしてとらえてほしい。第1に参入者がまだ少ない業界である。第2に、設備はとりあえず車1台、パートナー1人で始められるのが良い。第3に、葬儀業界では今は(湯灌サービスは)オプションだが、やがて定番として定着するはずである。第4には、何より喪家に喜ばれる仕事なのだ」
 うなずける。さすが元CMプランナー。そうか、ベンチャーだったのか!
(2006年6月26日号書評)
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