今野由梨著 日本経済新聞社 1600円(税抜き)


 日本で初めて「赤ちゃん110番」や「熟年110番」のような電話相談サービスを生み出した“ベンチャーの母”の自伝である。
 著者は35年前に設立されたダイヤル・サービス株式会社の創業者。現在68歳。経済同友会やニュービジネス協議会などで、いつも女性の代表を務める社交の花でもある。
 社交の花などと言うと、女性であることの希少性を武器にのし上がってきた人物のような印象を持たれるかもしれないが、この本を読めば、いつも新しいサービスの普及に全力を挙げてきた生粋の営業ウーマンとしての素顔が分かる。
 31歳の時、百科事典のセールスをしたのがその第一歩。マイクロバスに押し込まれ、名前も知らない田舎に連れていかれて農家に36万円の商品を売り歩いた。犬に追いかけられ罵声を浴びせられながらも、著者はトップセールスとなる。32歳までに自分で会社を起業すると決めていたからだ。
 米国で学んだ電話秘書サービスから開業。その後、テレマーケティング、コールセンター業務と事業を拡大。この間の逸話が実に興味深い。
 「赤ちゃん110番」は1971年にスタート。しかし、スポンサーが現れなかったため、相談電話は殺到したが、お金にならない。そこで、通話料とは別に情報料を相談者側から徴収する二重課金制を当時の電信電話公社(現NTT)に提案。これが「ダイヤルQ2」として実現するのは公社民営化後の89年以降のことに。
 ケータイの普及した現代では情報課金が当たり前のものになったが、著者は30年も前にそのルーツとなるサービスの提供を始めたわけだ。
 また、テレマーケティングの分野ではこんなエピソードも。「ある日のスタッフ会議でのこと。スタッフたちから、『医療に従事する方々は疲労困憊すると、人知れず人間の体液と同じような点滴液を飲んでいる』との報告があった。だから点滴用ではない『飲む点滴』を作ったらきっと売れるはずだと」。
 言わずと知れた大塚製薬の「ポカリスエット」誕生秘話である。
 ダイヤル・サービスは、こうした消費者のニーズを電話というメディアを通して集約する最前線にいた。だから、新商品の開発チャンスはいくらでもあったはずだ。また、ケータイ時代を見越して大量の有料情報を提供するチャンスもあった。ところが、著者はそうしたことでは儲けなかった。
 儲ける力量がなかったのか?
 電話をかける側との双方向の心の交流を大事にしてきたからだと思う。そんなスローな会社も、あっていい。
(2005年2月7日号書評)
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