村上龍著 幻冬舎 2600円(税抜き)


 「やられた!」と思った。中学生のための仕事の百科全書である。リクルートという仕事の紹介を本業とする会社で四半世紀。その後公立中学校の校長に転身して1年。この本は、私が取り組まなければならない仕事ではなかったか。
 幻冬舎創立10周年記念事業とあったから、初めは、何人ものデータマンが即席で整理したものを“村上龍”というブランドで売るのだろうと思った。半ば悔しさもあった。しかし、違った。データマンも使ったとは思うが、2年半をかけて村上氏が自分の分からない分野を取材し、著者として丁寧に仕上げている。だから数十万部のヒットにつながった。
 この本は花、動物、スポーツ、工作、テレビ、音楽、おしゃれ、料理と、様々な「好き」を入り口に514種類の職業を紹介したもの。例えば「花や植物が好き」な子の場合、プラントハンター、フラワーデザイナー、華道教授、樹木医、グリーンキーパー、植物園職員、ランドスケープアーキテクトと将来できる仕事の紹介が続く。普通のお父さんが知らない職業も満載だ。
 「〈いい学校を出て、いい会社に入れば安心〉という時代は終わりました」という殺し文句が帯に光ってもいるから、いい学校を出て、いい会社に勤めているお父さんにとっても、子供に買って帰りたい1冊になったのだろう。
 変わったところでは「舞妓・芸者」や「ストリッパー」もしっかりある。「舞妓」は「中学校に窒「ながら修業することも可能だ。紹介先には保護者とともに出向き、それぞれのOKが出たら、置屋に住み込み、仕込みと呼ばれる修業を始める。(中略)想像以上にハードな仕事なので、体が丈夫なことは必要不可欠だ」そうである。
 「作家」という仕事についての著者自身の表現も傑作。「13歳から『作家になりたいんですが』と相談を持ちかけられたら、『作家は人に残された最後の職業で、本当になろうと思えばいつでもなれるので、とりあえず今はほかのことに目を向けた方がいいですよ』とアドバイスすべきだろう」と。医師、教師、新聞記者、官僚、科学者、経営者、ギャンブラー、風俗嬢や元犯罪者で服役後に作家になった人など作家への道は多いが、その逆はほとんどないからだ。
 私が校長を務める東京都杉並区立和田中学校では、すべての教室にこの本を置いた。だが漢字にルビは振っていないから、中学生には読みにくい。息子や娘のためにと言いながら、父が自らの仕事と人生を省みて読む1冊なのだろう。ゲームにしたらおもしろいと思った。
 村上龍氏と私で人生ゲームを作る。
(2004年3月29日号書評)
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