佐保美恵子著 講談社 1400円(税抜き)


 クリスマス気分で盛り上がる2003年12月、東京・六本木のAXISギャラリーでお洒落な絵画の即売会が開かれた。アートの作者はHIV(エイズウイルス)に母子感染したタイの子供たち。絵を売って得た収益で、チェンマイ市郊外に建てられた施設「バーンロムサイ」に生活する26人の感染児の命を守る。
 その母親役であり、施設長であり、このイベントのプロデューサーでもある名取美和。この本は、彼女の一見破天荒な半生を丁寧に描きながら、返す刀で、読者自身の後半生の幸せの形について問いかける。
 戦後、日本の報道写真の世界を切り開いた写真家、名取洋之助の長女。骨董商の店主としての人生。何度かの結婚と離婚…。
 「どうしてこうなっちゃったのかしら。自分でもよくわからない。とりたてて子ども好きでもないし、ボランティアの経験もないわたくしが、子どもたちの施設の運営代表を務めることになるなんて、なんだか不思議です」
 そう感想を述べていた美和は、やがて身寄りのない子供たちの母(メー)として目覚めてゆく。エイズを発症した子供たちを看取り、その小さな骨壷を見つめながら、「タイで何人もの子どもたちを見送るうちに、わたくし自身、死を特殊なものとしてではなく、生の延長線上にあるものとして受け入れられるようになった気がします」。
 水牛の親子がのんびり草を食むような平和な景色の中でのこのつぶやきは、やがて明確な決意に変わる。「ここを施設ではなく、子どもたちにとっての“新しい家”にしたい。血のつながりなどなくても、彼らの成長を支えながら、“大きな家族”としていっしょに生きていきたい」。
 私が気に入っているのは、彼女の活動が楽しそうだからである。決して自己犠牲ではない。だから、ファンドレイジング(基金集め)のための絵画展は爽やかだし、質も高い。象を描いた作品などは、日本の子供にはもはや描けないのではないかと思われるくらい力強い。彼女にとっては、むしろ、自分を生かす居場所として「生と死」の現場があったということだろう。
 「五十歳を過ぎても、人間ってまだまだ成長の余地があるものなんですねえ」ーー。読者へのメッセージは、この一言に込められている。
 朝日新聞の「ひと」欄にも取り上げられた。その名取美和を描いたのは、『マリーの選択ーアパルトヘイトを超えた愛』(文芸春秋)の著者。激動の南アフリカで黒人を愛した白人女性の半生を見事に描いてみせた佐保美恵子である。
(2004年1月26日号書評)
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