アレックス・カー著 講談社 2500円(税抜き)


 ひどい本である。とはいっても、中身がひどいのでも、表現がきつすぎるのでもない。結局は、日本の姿がこれほどまでに痛めつけられてしまったのかと改めて気づかされる痛烈な本なのだ。
 著者は、根っからの日本批判者ではない。米エール大学日本学部出身で、自筆の「書」の展示会まで開き、古民家を購入してその再生と保存のための非営利組織(NPO)まで立ち上げる日本通である。なぜ、ここまで激しく日本の今を赤裸々に描くのかと友人に問われ、「義務だから」と答えたという。多分、この言葉は「義理」の間違いだと思う。日本への人情に裏打ちされた刀の一振りなのである。
 読者がまず出合うのは、表紙を飾った1枚の写真だ。そこにはコンクリートにまみれた日本の田舎の悲しい姿が端的に切り取られている。猪瀬直樹氏の『日本国の研究』や櫻井よしこ氏の『日本の危機』で暴き出されたコンクリート族の利権構造や特殊法人の問題。そうした日本システムは結果的に、日本をどういう姿に変えたかという事実が淡々と語られる。
 「発展途上国が国土の開発に乗り出して、いつまで経っても『発展途上』のままで進歩しなければ、地球にはいったいどんなことが起きるのだろうか。日本はその一例で、いまだに『埋める、建てる』という宿命感をわずらっている」
 都会に住み、リゾートで時々田舎というイメージを消費するだけの私たちには、その間にあるダムや河川の護岸工事のことに思いを馳せる余裕がない。宮崎駿監督が映画「千と千尋の神隠し」で描いてみせた、八百万やおよろずの神様でさえも記憶を失ったり、風呂で毒抜きをしなければならないほど、山や河川がコンクリートに痛めつけられている状況については、ついつい見て見ぬふりをしてしまう。
 しかし、国によっては異なる解もあるのだと一筋の光明を抱ける本もある。関口博之著『よくなるドイツ・悪くなる日本』(地湧社)だ。ドイツは同じ敗戦国で1960年代までは発展途上国型の復興経済をひた走りながらも、途中で路線を変えた。河川のコンクリートによる護岸工事が見直され、コンクリートを取り除き、植物などを利用した自然工法に転換されたのだ。戦後日本の穀物自給率が80%から現在20%台に落ち込んでいるのに反して、ドイツの穀物自給率が、より恵まれない気候や土壌にかかわらずなぜ128%と高いのかなどの秘密も解き明かされている。
 帰る田舎を持つすべてのビジネスマンへ。見えないところが見えてくる1冊である。
(2002年9月30日号書評)
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