
岡部恒治著
日本経済新聞社
1400円(税抜き)
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私は、かつてこんなに1冊の本を“使った”ことはない。大学受験の時の数学の問題集でもこんなには使い込まなかった。
帯にあるメッセージは「学校の数学とは全く違う、思考トレーニングのための数学」で、現在ベストセラーになっている“論理トレーニング”本の延長線上にあるように見える。しかし、この本は、より本質的に「数学的に考えるとはどういうことか?」を問いかけてくる。
初めに紹介されるのは、「1から100までのすべての数を足しなさい」という問題に対して、当時7歳の天才少年ガウスが示した方法だ。1と100、2と99のように前と後ろを順々に足し合わせれば101が50組できるから、瞬時に5050だと答える話はあまりにも有名かもしれない。
では、「直径10cmの芯に直径20cmの大きさで巻かれているトイレットペーパー(厚さ0.02cm)の全体の長さを求めよ」という問題ならどうだろう。高校以上の数学でしか登場しないシグマや積分の知識がなければ解けないと直感した読者がこの本を手に取れば、小学生でも可能な“数学的”解法の妙に舌を巻くはずだ。これは実際、私立中学の入試問題にも採用された。
後半では「A、B、Cの3人がいます。このうち1人だけが正直者で、あとの2人はウソしか言いません。この3人に誰がウソつきかを聞いたところ、次のように答えました。では、正直者は誰でしょうか?」という“ウソつき”言い当てゲームが紹介されている。この種の問題が、多数、地方公務員の上級試験で出題されているのも興味深い。
実は私は小学校6年生の長男をモルモットにして、毎週日曜日、もう3カ月間にわたってこの本を使った私塾を自宅で開いている。計算は決して遅くはないのだが、文章題が不得意な息子に、受験技術としての算数ではなく“数学的な思考法”を身につけてほしいと思ったからだ。
前述のトイレットペーパー問題などは1時間もウンウン唸らせてからようやく正解を教えたのだが、長男の顔に「なるほど」と明るい“納得マーク”が表れた。
4月からの「学習指導要領」の改訂に伴って激しく沸騰した「学力かゆとりか」の教育論議の中でも、「学力」とは何かが真の論点だった。私は「分数の割り算ができない」とか「円周率が3.14か3か」という問題より、この本で扱われている“ロジックを柔らかく使いこなせるチカラ”の方が、“よのなか”を生きるには大事だと考える。小・中・高生を子に持つ親には、特にオススメの1冊だ。
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