松山太河編著 英治出版 1200円(税抜き)


 格言集である。しかし、著者の格言ではない。突出した人生を歩んだ先人が残した名言を、大学時代に1000人を超える伝記を読み込んだ著者が、働く人にとって意味深いものだけ選りすぐって編集した。ただ200の「言霊(ことだま)」が並んだ本である。
 著者は情報技術(IT)バブル崩壊直後に、その仕掛け人の1人と目されマスコミからバッシングを受けた東京・渋谷「ビットバレー」のディレクター。だから『最高の報酬』などというタイトルがついていると、どうやって儲けて逃げ切るかというノウハウ本かなと勘違いする人もいるだろう。
 しかし、サブタイトルは「お金よりも大切なもの」である。私の知っている著者の素顔は、生真末レでおよそ“ヒット・アンド・アウェイ”という態度を取る輩とはほど遠い。だから真面目に膨大な蓄積を、こんなカタチで格言インデックスにできたのだと思う。
 「つねに行為の動機のみを重んじて、帰着する結果を思うな。報酬への期待を行為のバネとする人々の一人となるな」
 これが誰の言葉か想像がつくだろうか? ベートーベンである。
 「私は収穫の時には立ち会わないかもしれないが、今のうちにまけるだけの種をまいておきたいと思う」
 現世での自らの権力的な利害しか頭にない守旧派の政治家や官僚に、ぜひ読んでもらいたい言葉ではないか。これはゴルバチョフ元ソ連大統領から発された。
 「想像力は知識よりもっと大切である」
 子供たちからイマジネーションを奪ったのは誰だろう? 日本の教育改革に対して発されたかと見紛うばかりのアインシュタインの言葉。
 「我々は、学校のためではなく、人生のために学ばなければならない」
 ローマの哲学者セネカもこう言う。
 そして私のお気に入りは、第1次南極越冬隊長・西堀栄三郎氏の言葉だ。
 「新しいことをやろうと決心する前に、こまごまと調査すればするほどやめておいたほうがいいという結果が出る。(中略)やると決めて、どうしたらできるかを調査せよ」
 この本のセンスがよいのは、著者の解釈やいらない注釈を一切つけず、クオリティーの高い写真を配してオシャレな構成にしたところだ。著者が最も気に入っているというドイツの哲学者ショーペンハウエルの言葉が最初に登場するが、実はその“前座”として本の帯に登場するメッセージが極めて意味深で面白い。
 「経済は死んだ。戦争も始まった。次の10年は真面目に働くとしよう」誰の名言かは、ここでは言わない。
(2001年12月24日号書評)
2001年10月22日号へ2002年2月18日号へ

よのなかnetホームページへ戻る