
寺脇研著
新潮社
581 円(税抜き)
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義務教育は無料だと勘違いしていませんか?政治家はよく「教育改革」を政策に掲げても票は取れないとうそぶく。しかし、実際には公立の学校に通う子供1人に月7万円を超える税金が投資されていることを知れば、無関心ではいられないはずだ。
確かに教育改革については、「生きるチカラ」とか「こころの教育」とか曖昧な言葉が新聞紙上を賑わしており、何が本当の論点なのか分かりにくい。例えば、学習すべき内容が3割削減された「ゆとり教育」と呼ばれるものが来年4月から始まるが、これが本当に物事を深く考えようとする子供を育てるのか、それとも単純に「学力の低下」につながるのか。
著者は現役の文部科学官僚であり、この本は「ゆとり教育」推進の立場から、その狙いや意義などを提示する。その意味で、私たちの頭を整理し論点をハッキリさせてくれる。
例えば話題になった「円周率を3.14ではなく3と教えること」について。著者は「校庭の土俵のへりの長さは何mか」という命題に対し、実際に測ってみることから始める体験学習を推奨する。仮に円周率を3と教え直径が4mであれば、へりは12mと計算できる。その後実測して「あれ、12mより大きいね。3がおよその数だからね」と、先生がその先を教えるわけだ。
いいアイデアだとは思うが、現実には、著者が例に示す“発見のある”授業実践をすべての先生ができるかどうか、甚だ怪しい。
本書では、このほか、学校と家庭とコミュニティーの位置づけ、「学級崩壊」と「学校崩壊」、偏差値と内申書、教育委員会の責任、校長と教頭の役割などの論点も提示される。評者は息子が通う公立小学校で、母親たちと情報学習のボランティアを行い、児童のコンピューター利用率が飛躍的に高まった。東京・足立区内の公立中学校でも、「公民」をロールプレイングゲームのように立体的に教える「よのなか」科の授業をほぼ毎週しているが、社会科の先生とビジネスマンの評者との掛け合いが生徒たちにウケている。
このような大胆な外部の人材の導入が学習指導要領の改革と両輪で動かなければ、教育改革は失敗する。著者もこの本で指摘しているが、塾を「応用塾」として活用したり、大学生やビジネスマンの父兄が小学生にコンピューターを教えたりすることは重要だ。
こうして多様な職業の大人たちが小中学校に出入りするようになって初めて、著者の理想は実現する。さあ、そろそろ父親たちも学校へ行こう!
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