「ネオ・ジャパネスクな家」の定義

1.木造建築

まず、日本人の気分の根底には“木の香りに包まれて暮らしたい”という、そこはかとない思いがある。

それは、必ずしも、在来工法で工務店に頼んで建物を建てる人ばかりではなく、ハウスメーカーの企画型住宅の分類で“木質系”や“鉄骨系”あるいは“コンクリート系”の工法を選ぶ人のなかにも見いだせる。

一般的に木材で建物の主要部分を形づくる場合には、「木造軸組<もくぞうじくぐみ>工法(いわゆる在来<ざいらい>工法)」と、ツーバイフォーをはじめとして各社がそれぞれ独自に開発した「木質パネル工法」がある。前者は大工さんが柱を立て、次に梁を渡してというように、家を“軸”で支えて建てる方法。後者は、プラモデルを組み立てるように、工場で作った壁面パネルを組み合わせて“壁”で家を支える方法だ。

それぞれの方法に一長一短あって、どれを選ぶかは施主の好みになるが、私が選んだ「木造軸組工法」は、自由度が高い一方、一般的には時間がかかる。

2.玄関の意匠<デザイン>

やはり木製の引き戸がいちばん日本風だろう。ただし、断熱とスペースの関係から、我が家は引き戸ではなく、格子の木製断熱ドアを制作することになった。

3.軒<のき>と庇<ひさし>をできるだけ深く出して雨を受ける

日本の平均降雨量は熱帯なみで、東京でも2000年1年のうち、ちょっとでも雨がぱらついた日はなんと189日。半分以上だった(ちなみに1mm以上降った日は約100日)。

パリやロンドンの2・5倍は降るという。日本は雨の国なのだ。吉田兼好は、家は夏を第一として建てるべきだといったが、実は「雨の日を旨として建てるべし」なのかもしれない。しかも、8月の平均気温はジャカルタやバンコック並みで、太陽の日差しはやはり熱帯並みにきつい。

だから、軒や庇を深く出す建築が根付いた。いや、そういう建築物が実際に長持ちした。風景として、伝統的な日本家屋の特徴に思いをはせたときにも、燻銀の瓦を乗せた軒先が背景の青空を仕切るシャープさと、庭に張り出した深い庇が日差しを遮<さえぎ>って土壁に落ちる陰影の深さ。こういった光と影の関係が、日本情緒の一部をなしている。

我が家でも、南の庭側に1m(雨樋と合わせて1・25m)ほどの庇を出したから、雨の日でも窓を開け放って、雨音の風情にひたりながら一杯飲むことができる。夏の日差しもしのぎやすい。

ところが、都市部の住宅では、建ぺい率、容積率に加えて北側斜線制限が厳しくて、多少余裕のある敷地でなければ軒や庇が出せない。だから、出っ張りのない箱形の洋風建築が増えてゆく。みんな少しでも部屋を大きく取りたいから、こうなるのは無理もない。

軒や庇で和風を演出するには、15〜20%余裕のある敷地がいるからだ。

たとえば30坪程度の敷地に家を建てる場合、道路からすぐ駐車場があり、車のむこうに玄関がくっついているレイアウトがよく見られる。もし、和風を演出したい場合、どんな車でも玄関前は似合わない(玄関の意匠が死んでしまう)から、思い切って外に駐車場を借りるという手もあるだろう。通常駐車場には5〜7坪ほどとられるから、このスペースを浮かすことができれば、15〜20%敷地の余裕が生まれ、そこに演出できる劇場的な空間が登場する。

4.外観で横の線を強調する
 和風は、横の線を強調する。これに対して、欧州の建築は縦の線の強調だ。教会の尖塔<せんとう>のように、まっすぐに伸びて天を目指す。
 日本の建築では、正倉院や三十三間堂の例を示すまでもなく、横に長く伸びた木組みや、瓦屋根がずらっと並んだときの横の線が美しい。我が家でも、2階のバルコニーの手すりをヒバで作り、横に並んだ木肌の美しさを演出した。1階の庭のテラスには安い杉の端材を目隠しのために使って囲ったのだが、この横線の連続が意外な効果を生んだ。
5.床の間・床柱・大黒柱

部屋の片隅にどこか精神的な拠<よ>り所のような“空”(何もない場所)を置く。

床の間のような和のしつらえにかぎらず、洋風の住宅でも、こういうムダとも思われる空間が、全体の空気を引き締める効果を出すことがある。建築家は、どこにこうした“意図的なムダ”を配して空間の奥行きを演出するかで、個性を競う。

6.畳・襖・障子と土壁
 植物系の素材で室内をくるむ。呼吸する素材を使って湿気を吸収するためだ。どれもリサイクル可能な素材だということにも注目したい。
7.囲炉裏を囲む人間関係と縁側を通したコミュニケーション

ダイニングに家族が集うという思想で家全体がつくられる。

欧風的なリビングは、しいていえば、日本では“縁側”だった。社交の場は、外と内の間の緩衝地帯=縁側に出し、キッチン=土間と続いた囲炉裏のまわりを居心地のいいダイニングとした。親しい客は、そこに迎えて一緒に料理をつついた。

我が家でも、この発想に基づいて、キッチンとダイニングを家の中心とし、ソファを置いた接客用のリビングを作らなかった。

8.視線を低くして暮らす

座って暮らす、布団を敷いて寝る、座布団を敷いて接客する。

結局“視線を低くして暮らす”ことで、天井の低さが気にならない。

我が家では、イスやテーブルも低いものを使うことにした。ダイニングから40cm段差を設けた和室の座面に合わせて、ダイニングのイスの足を切ってしまった。

8畳の和室に、いまだに家族5人で寝ている。だから背が伸びはじめた長男に夜中に蹴られることもある。予測どおり、普段は布団を敷きっぱなしになってはいるが、客人が来るだびに押入にしまわれる。頻繁な来客が、いいリズムを作ってくれる。

友人が語るところによれば、子どもにとっても、布団の上げ下ろしは昼夜のメリハリがついていいのだという。ベッドだと、布団を敷きっぱなしにしているようなものだから、だらだらとすぐに寝転がってしまえるからだ。

9.あいまいな間仕切りで多様な空間を演出する

襖で中の部屋同士を仕切る。縁側で外と内をなんとなく仕切る。用途を決めないで組み合わせて多様に使い分ける。

和服の組み合わせにも通ずる、ニッポンの知恵の真骨頂だ。

我が家にも「夫婦の主寝室」や「子供部屋1、2、3」という用途別の部屋はない。書斎も含めて、子どもの成長とともに変化させて使いまわせばいいと考えている。

昔の日本間では、障子で仕切られた部屋同士の間で、聞くでもなく、聞かぬでもない「あ、うん」の関係が保たれていた。外の日差しをさえぎるでもなく、さえぎらぬでもない、やさしい光の室内への導入もそうだ。

そうした曖昧さは、日本人本来のやさしさと懐かしさにつながっている。

余談だが、「懐かしい」という言葉は、フランス語では正確に訳せないそうだ。英語でもどうなんだろう? ノスタルジーじゃあ、違うような気もするのだけれど……。

10.引き戸の多用

引き戸は、開けっ放して家全体の風通しをよくする効果がある。

さらに、掃除をするときもラク。我が家の場合、妻のホームベースのキッチンから、階段室、階段下の倉庫の動線は全て引き戸にした。こうすると、宅配便や掃除機の出し入れ、ゴミの処理など、開けっ放しでできる。

納戸やクローゼットのような収納には、なんといっても引き戸が便利。

11.開口部を大きく取って風の道を作る

「徒然草」にあるように、夏を旨として家を建てる場合、南北方向の風の道を確保することが賢明だ。昔の住宅は、庭側の全ての戸襖<とぶすま>を開け放って風を入れていた。

我が家でも、南側の開口部を大きく取っているが、これは本来断熱効率と相反するため、ペアガラスサッシを利用した。さらに外観をすっきりさせるために、雨戸をつけず、第23話に書いたように、内側を合わせガラスにして防犯効果を高めた。

12.坪庭で室内からの借景<しゃっけい>

雪見障子を開けて、下側半分の和室の開口部から眺める坪庭。

景色を背後から借り、木枠を額にした絵のように見せることは、日本人の“収縮志向”の現れだといわれている。私たちは拡大するより、縮小して美しいと思う民族なのかもしれない。

本格的な和風建築とネオ・ジャパネスクの違い

(1)大きな土地に建てる瓦屋根の平屋ではない。
 燻銀の瓦の色に近いガルバリウム鋼板のメタリックグレーを使った、瓦棒葺きと一文字葺きの組み合わせだ。

(2)茶屋や書院をつくるような豪華な和風ではない。
 抑制された品のよい現代和風で、室内でも和風を仕切る欄間<らんま>の替わりに合わせガラスを使用する。合わせガラスの破片は飛散しないから、万が一のとき、室内で遊ぶ子どもたちを守るためもある。

(3)民家風の大きな梁のある、暗いトーンの家ではない。
 肌色(アースカラー)に近い明るい室内を基調とする。梁をあらわにしたり、木の節がやたらに目につくロッジ風ではなく、都会的で洗練されたトーンで、人間が常時生活する場としての家づくりを目指す。