よのなかフォーラム
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タイトル 短編小説『水面』
投稿日: 2020/07/19(Sun) 14:48
投稿者USA

僕は釣りに来ていた。
釣りなんて一体いつ以来だろう。
昔父さんと行ったことがあったような気もするな。中学生の頃だったかな。僕はあんまり気が進まなかったけれど、父さんが一緒に行くぞと言って聞かなくて、それを見かねた母さんが「あんたいつもクラブ活動ばかりなんだからたまにはお父さんと一緒に付き合ってあげなさいよ」とその一言で一緒に行くことになったんだ。
釣りの結果は確かボウズだった。成果と言えば煌々と降り注ぐ日光で真っ黒に日焼けしたカラダだけ。帰りに寄った銭湯では湯を浴びた瞬間に肌がヒリヒリとして思わず叫んだ。父さんには「情けねぇな」と揶揄われたっけ。でもあの時の父さん、少し嬉しそうだったな。

釣り竿から垂れ下がる餌は水面から深いところにあってもう見えない。魚は餌に興味を示しているのだろうか。それとも餌の存在にすら気付いていないのだろうか。そもそも魚はいるのだろうか。
魚はいいよな。海の中を自由にどこまでも泳いでいける。魚に国境なんてないから行きたいところに何処へでもいつでも自由に泳ぎ回れる。魚に悩みなんてあるのかな。もしかしたら魚は魚で陸に上がってみたいなんて思ったりするのだろうか。陸に上がって太陽の光を思いっきり浴びてみたいなんて思ったりするのだろうか。
僕は目に見えない水面の下に思いを巡らせる。深く深く潜れば魚のように自由になれるのだろうか。

魚が餌にかかった。魚は僕を誘う。「ここにおいでよ。一緒に海の中で泳ごうよ。楽しいよ」
僕は魚に引っ張られるように釣り竿ごと海に潜り込んだ。海の中はどこまでも綺麗で澄んでいだ。僕は決して釣り竿を離さなかった。だって先に繋がる魚が僕を自由な世界へ連れていってくれるんだから。魚は深く深く潜る。遠のく意識の中、ふと水面の太陽が目に入った。眩しい。熱い。自由になりたがっていたはずの僕のカラダが急にヒリヒリしだした。この世にはいない父さんが僕のカラダに語りかける。
「情けねぇな。まだヒリヒリするなんて言ってんのか。まだまだ子供だな。いいか。こっちにお前の望むもんなんてねえよ。ヒリヒリするカラダだけが現実なんだ。醜くてもいいじゃねぇか。いいか、生きろ!生き抜け!」

餌にかかった魚はもがきながらも、餌針から逃れようと行き先を水面に変えた。


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