よのなかフォーラム
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タイトル 短編小説『カウンター』
投稿日: 2019/06/07(Fri) 20:01
投稿者USA

「このバカが!!何度言ったらわかんだよ。なぁ頼むからお前ができること教えてくれよ。それしか頼まねぇからよ」
「すみません、次からは気をつけますので」
「いいよなぁ、お前は。謝ってそれで終いだもんな。それで給料貰えるんだから気楽なもんだよ。ホント、お前の立場と代わって欲しいよ」

茹だるような暑さが連日東京を襲っていた。勤務先の空調の調子が急に悪くなり、急いで業者を呼び修繕にあたってもらった。
業者の手際は良かったものの、歳下の上司が部下にキツくあたる様子は見ていて気持ちがいいものではない。見た目で上司は20歳を過ぎたくらいで部下は30歳くらいといったところか。
嫌な気持ちになりつつも、修繕を依頼しているだけの自分が出しゃばる場でもないので成り行きに任せていた。現場は機密文書を保管する場所だけに立ち会いを省くこともできない。
しかしその部下の男性はどんなに叱咤されても黙々と作業にあたっていた。何もしようとしない上司にそこまでの嫌味を言われるような仕事はしていない。むしろ腕がいいように見える。

俺はふと部下である男性の横顔を見た。
その男性の目つきが一瞬ギラついたような気がした。

その時だ。

「坂崎先輩?」
と俺は男性に不意に声をかけてしまった。

驚いたように振り返る男性。
「、、、お前、、、光一か?」



「いや〜、なんだか恥ずかしいとこ見られたな。怒られてばっかりだしな。カッコ悪かっただろ」
「いえ、そんなことは」
と曖昧に返事を返すしかなかった。
坂崎先輩は高校の野球部の一個上の先輩。エースで4番。誰もが羨む実力の持ち主で、性格も温厚で優しく後輩からの信頼も厚かった。野球推薦で大学まで行き、ドラフトの目玉になっていたはずだ。その先輩が今こうして項垂れている姿が信じられず、俺は正直どうリアクションしていいか戸惑っていた。
空調工事は不調の原因が思いのほか早く判明したことから、わずか1日で終わった。
作業終了後、坂崎先輩から
「良ければ連絡くれよ。久しぶりの再会だし、一杯どうだ」
と一声だけ掛けられ、メルアドが書かれたメモを渡された。そして今こうして2人、丸の内の居酒屋で2人肩を並べている。テーブルを挟んで先輩を見るのはどうも忍びない気がして、カウンター席2席を俺が事前に予約した。
「しかし光一はすごいよな。こんな都内の一等地に本社があるような会社に勤めてるんだもんな。ホント感心するよ」
そう話を振られたがやはりどう言葉を返したら良いか俺にはわからなかった。
当時の憧れだった先輩のイメージが俺には色濃く残っている。間違っても偉ぶったようなリアクションは取れない。
黙ったまま食事に箸もつけずにいると先輩は沈黙を破るように話しだした。
「俺はさ、どこかで選択を間違ったんだよ。大学で肩を壊しちまってよ、野球部にいられなくなったんだよ。そこからだよ、、、道を外しちまったのは」
先輩はそこまで話し終えると、一呼吸置くと同時に一気にビールを飲み干した。
「でも今は空調工事の仕事をしているじゃないですか。とても手際が良くて俺にはとてもカッコよく見えましたよ」
素直な感想だった。歳下と思しき上司には厳しく詰められていたとはいえ、仕事自体は素人の俺から見ても無駄がなかった。
「カッコよかった、か。ありがとな。そう言ってもらえるだけでも嬉しいよ。でもな、嬉しいって気持ちだけで続けるのにもそろそろ限界かな」
今度は先輩が口を閉ざしてしまい、俯いたまま顔をあげることがなかった。
「先輩どうしたんですか?一体何があったんですか?」
只ならぬ雰囲気に呑まれる中でなんとか俺は言葉を紡いだ。
しばらく2人の間に沈黙が流れた。周りは金曜の夜ということもあり騒々しかったが、俺は先輩の話に引き込まれ全く騒がしさは気にならなかった。
「俺はさ、プロ野球選手になることに一縷の望みを託してたんだよ。夢とか希望とかじゃない。その望みに縋っていたと言ってもいい」
先輩がボソリと呟くように語り始めた。
「親父は町工場を経営してたんだよ。精密機器を扱う工場でさ。腕の良い職人さんが何人も育っててこれから会社は伸びていくもんだとばかり思ってた。銀行もドンドン融資を勧めてくるし、従業員の生活を良くしたい一心で親父は設備投資したんだよ。実際売上も伸びた。
しかし突然あのリーマンショックが襲った。銀行は急に貸し剥がしにかかった。不景気の煽りを受けて売上が落ちるなか、融資の返済と従業員の給料の支払いで借金は膨らむ一方だった。俺が高校生の頃にはいよいよ会社は倒産寸前だったよ。
そんな親父の姿を見て俺はなんとかその借金を返すことしか頭になかった。だから俺はなんとしてでもプロになって契約金でもなんでもいいからその金で親父を楽にさせたかった。
でも突然の肩の故障でさ、すべてが終わったよ。目の前が真っ暗になってさ。大学を中退して親父の商売を引き継ぎなんとか盛り返そうと躍起になった。しかしすべては後の祭りだった。すべてが手遅れだったよ。親父が命がけで守ろうとした従業員と工場を俺は守り通すことができなかった。結果残ったのは莫大な借金だけだ。
親父もお袋も長年の苦労がたたってさ、今はほぼ寝たきりだよ。
今勤めている会社は親父の代からのかつての取引先さ。取引先といってもそこにも借金はあるから俺の給料はいってみたら担保みたいなもんだ。何の自由もないよ。
お前の会社で俺と一緒にいた人はその会社社長のご子息だ。何かと俺を目の敵のように扱ってさ、まぁ困ったもんだよ」
俺はただただ唖然としていた。あの優しく誰からも慕われていた先輩がこんな壮絶な人生を背負っていたなんて。
「俺はさ、いつも考えちまうだよ。あの時どう選択するのが良かったのかって。もっと早い段階で町工場なんか辞めちまえって親父に言うべきだったのか、プロなんか目指さずにもっと堅実な道を目指すべきだったのか、親父の会社なんか引き継がずさっさと清算しちまえば良かったのかって。でもさ、そんなの結果論だろ?その時その時で俺は必死だったんだよ。どんな選択がベストなのかなんて一体誰がわかる?
たださ、ひとつ言えることは、、、
光一、俺はお前に救われたよ」
「えっ?」
話の脈絡がさっぱり繋がらず俺はそれ以上言葉が出てこなかった。
「もう俺は人生に疲れ果てちまってさ。お前の会社の現場であのバカ子息に嬲られた瞬間に何かのリミッターが外れて、気づけば工具を手にしてたんだ。
その時だよ、お前に声をかけられたのは」
「まさか、先輩、あの時、、、」
「そう、そのまさかだ。俺は完全に自分を見失ってた。お前の一声がなければ、俺は、俺は、アイツを、、、」
先輩は突然泣き崩れた。決して大声を張り上げるでもなく、カウンターに俯せになり噎び泣く。金曜の夜。周りは浮かれる中、先輩の噎びは周りの人には酔っ払っているように見えたかもしれない。しかし俺にはあまりにも悲痛な叫びにしか聞こえなかった。俺は先輩の背中を摩った。それしかできなかった。周りには酔っ払いを介護しているようにしか見えないだろう。そうじゃない。俺に今できることは先輩の噎びが止まるまでそっと優しく摩ること、それだけだった。


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