よのなかフォーラム
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タイトル 短編小説『パジャマパパ』
投稿日: 2019/03/15(Fri) 23:29
投稿者USA

短編小説『パジャマパパ』

「なあ沖田、お前結婚してたよな。時に子供はいるのか?」と上司の稲田が唐突に切り出した。
「4歳のチビがいますけど。でも毎日帰りも遅いし、その頃には寝てますしね。だから平日はほとんど顔を合わせることもないし、子供がいると言っても、たまに休日に遊びに連れ出すくらいですよ」と稲田の真意が掴めない中、当たり障りのない返答をするしかなかった。
「そうか。お前、最近疲れてるだろ。どうだ、1年ほど自宅で仕事してみないか?子供が未就学児までなら自宅で働ける制度があるんだ。お前それを利用してみろよ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。今のプロジェクトはどうなるんですか。俺なしじゃ前に進まないでしょ」と半ばヤケになりながら抵抗した。
「まぁ、これは職務命令だ。来月から自宅勤務になるからそれまでに引き継ぎ資料を準備しておけよ」と、その顔はどこか思惑を含んでおり、不敵に笑っているようにもみえた。

自宅での勤務が始まった。共働きの妻は今までずっと早朝から朝ご飯の用意をし、晩ご飯の下準備をし、子供を幼稚園に送り出し、そして自分の身支度を済ませてから出勤していた。
しかし自宅勤務が始まってからというもの俺は朝早くに出勤する必要がなくなったので子供の世話は基本的に俺の役目となった。

唖然とした。息子の貴司に対して。まるで違う息子に出会ったかのようだった。まず言うことを聞かない。起きてぐずり、ご飯もなかなか手をつけず、着替えもぐずる。
休日は息子もリラックスしているためかここまでグズったりはしないが、平日はまるで別人だ。子供は子供なりに気が立っているのか、兎にも角にも言ったとおりに行動しない。やがてこちらもイライラし、それを子供にぶつけようものならさらに炎上。もはや大惨事だ。なんとか幼稚園に送り届けられただけでもホッと息を撫で下ろした。

「なぁ、聡美。今まで、どうやって貴司を幼稚園に送り届けてたんだ。今日なんてずっと泣き叫んでどうしようもなくてさ、結局俺は自分が着替えることができなくてパジャマでお迎えのバス停に行ったんだ。先生と奥様方に大笑いされたよ。」
貴司が寝入った後、2人でビールとつまみを口にしながら俺は愚痴を吐き出した。
「あなたねぇ、朝なんて戦争よ。それも防戦一方のね。鍛えられるわよ〜、メンタルが。最初はね、理屈で説明しようとするのよ。でもね、最終的には綺麗ごと抜きに感情をぶつけちゃうのよ。そこに理屈なんてありはしないんだから。魂と魂のぶつかり合いね。頑張ってよ、パジャマパパ。」
パジャマパパ。勝手なあだ名をつけやがって。
それにしても、「魂と魂のぶつかり合い」か。まだ俺にはよくわからないな。いづれわかる時がくるのだろうか。
しかしこうして聡美と2人でビール片手に語り合うなど何年振りのことだろう。貴司のぐずっりぷりには辟易するが、こうして子供のことを語り合えるのが嬉しい。嬉しい、という感情を抱くこと自体久しくなかったような気がする。俺は今までどこに向かっていたのだろう。こうなると、上司の思惑顔に意味があったように思えてくるから不思議なものだ。

しばらくは貴司のぐずりは酷かった。しかし1ヶ月ほどすると変化の兆しが見え始めた。ある時、「パパ時間だよ〜。お迎えのバスくるよ〜。一緒に行こうよ」と言ってくれたのだ。息子が差し出したその小さな手をぎゅっと握りしめると、胸がぎゅっと締め付けられた。バス停に向かうまでの道中でダンゴムシを2人で見つけたり、綺麗な花をじっと2人並んで眺めたり、そんな些細な時間がとても愛おしく感じた。
そして毎日バス停で顔を合わせるお母さん方とも少しずつ会話をするようになり、今までにない世界が開けたようで嬉しくなった。
そしたら今まで仕事の愚痴しか話すことのなかった妻とも自然と話題が増え、なんだかいい感じの波に乗れているような実感が湧いてきた。
するとどうだろう。不思議なことに仕事もなぜか順調に運ぶようになったのだ。今までは部下の些細なことばかりに目が向いていた。しかし自分の子供のことも上手くできないのに、赤の他人である部下なんて言わずもがな。頭ごなしに接しても上手くいくはずがない。息子との日々のおかげで誰に対しても寛容な気持ちを持てるようになれた。
そしてなにより俺は自宅勤務だ。自分ができることは限られている。だからこそ、真に自分しかできないことにフォーカスするようになり、頼れることは頼る、部下の意見にも素直に耳を傾ける、といった姿勢になった。仕事でもいい感じの波に乗れていると思うようになった。

俺の不惑の40代は上司の思惑に乗せられて、フッとワクワクしながら春の陽気とともに訪れた。


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