よのなかフォーラム
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タイトル 短編小説『モンスター』
投稿日: 2019/02/18(Mon) 00:30
投稿者USA

あるプロジェクトで上司である田頭の顔に俺は泥を塗った、らしい。
田頭は俺と同じ匂いがする。仄暗い闇を抱えたものだけが放つ、饐えた嫌な匂いだ。

プロジェクト自体は大成功だった。事業としてのインフラも万全であるため向こう10年は確実に収益が見込める。プロジェクトチームの各メンバーは社長賞を貰った。俺を除いては。

事業プランを仕上げ田頭に提出したのが1年ほど前。その時田頭は「香坂、ご苦労だったな」とおざなりに吐き捨てるように言い、そしてその表情はどこか寂しげだった。
事業プランを提出してからというもの、田頭は急に俺のことを痛めつけるようになった。周りのメンバーに見せつけるかのように些細なことで大声で糾弾し、追い詰め、次第に俺の居場所はなくなっていった。
プロジェクト終了を待たずして俺は部署を外されていた。

社長賞授与式は社員全員が出席した。俺は存在を消しひっそりと会場の最後尾に佇んでいた。
式は大いに盛り上がり、役員は破顔していた。俺はその顔を脳裏に焼き付け、式場をあとにした。
翌日、席に座り社内メールにふと目を落とすと田頭からの一通のメールが届いていた。

「香坂、今夜ちょっと俺に付き合え」

会社近くの居酒屋でタバコをふかしながら一人待っていると、
「よう」と田頭の声が後部から覆い被さってきた。
「悪かったな。忙しいところ。」
「別に忙しくなんかないっすよ。」と返し、「あんたのせいでな」という言葉は必死に飲み込んだ。
「お前の事業プラン、最高だったよ。おかげで社長賞も取れたしな。社としてもこのプランのおかげで10年は安泰だ。」
俺の脳は麻痺していた。怒りも限界を超えると思考を失い身体の動きまで麻痺させるようだ。
「まあ、とりあえず乾杯しようや。お前なに飲む?生ビールでいいか?」
テーブルにビールが運ばれてくるまでの間、会話は何もなかった。怒りでずっと脳が痺れていた。
「お前はプロジェクトから外れたけどよ、とりあえずありがとう。乾杯!」
俺が手に取らないグラスに一方的に田頭は自分のグラスをあて不愉快な音を響かせた。
「ところでなんですか、今日の用事って。正直田頭さんとお話することなんて俺にはないですよ」と、俺は噴き出る敵意を抑えられずにいた。
「今はどこの部署にいるんだ?大変か?」
「あなたが異動させたんでしょ?よく白々しくそんなことを聞けますね。」と皮肉のひとつやふたつ返さないと気が収まらない。
「まぁそうカリカリするなよ。とりあえず飲もうぜ。」と上機嫌にビールを煽る。俺はグラスに手をつけない。
「お前はさ、なんだか昔の俺にそっくりなんだよ。お前も薄々気づいていたんじゃないか?他人はどうでもいい。自分さえ良ければそれでいい。そのためには他人を追い込むことがあっても仕方がない。というより他人がどうであろうが全く気にもとめない。」
「なんのことですか?俺が何をしたっていうんですか?結果を残したでしょ。現に俺のプランが採用されてる。なぜ俺が最終的にメンバーから外されなくちゃいけないんですか」
「まだわからねぇのか。お前、そのプランとやらを仕上げるのにどれだけのヤツを巻き込んだ?協力してもらった?そしてその過程でどれだけのヤツを傷つけた?カタチに仕上げたのはお前かも知れねぇが結果だけみてデカイ面するんじゃねーよ」
「傷つけた?俺が?誰を?あいつらが付いてこれねぇから多少ぶつかっただけでしょうが!」

田頭は少し寂しげに俯いた。そして笑顔で

「実は俺、今日辞職してきた。」

と俺の目を真っ直ぐに見つめながら呟いた。

「えっ?」

熱くなっていた脳が急に冷えていくのがわかった。怒りで脳が麻痺し、田頭との口論で熱くなり、そして今は突然の告白で冷たくなり、俺の頭の中はパニックを起こしていた。一体コイツは何を言っているんだ?
「辞職って?田頭さんがですか?」
「当たり前だ。俺以外に誰がいる」
「なぜですか?社長賞までとったのに。このまま行けば田頭さんは次期社長でしょう。それなのに、なぜ」とこれ以上言葉が続かなかった。混乱しているため思考がまとまらない。

「俺が社長になったからって一体なんだっていうんだ。誰が喜ぶ?そんなの単なる自己満足だろう。そう思わないか?会社は誰のためにある?組織は誰が作っている?さっき言っただろう、お前は昔の俺に似てるって。俺もエゴ丸出しだったよ。他人を蹴落とすことになんの躊躇もない。もはやそんなこと意識すらしなかった。しかしな、そんなある時、自分の部下が自殺した。俺は無意識にその部下を追い込んでいたんだ。そのことに全く気づきもしなかった。しかしすべてが手遅れだった。俺はそこで初めて自分に饐えた匂いが纏わりついていることに気がついた。この匂いが纏わりついている限り、俺はエゴを振り回し、周りを知らないうちに傷つける。
なぁ、会社ってお前だけのものか?組織はお前だけで機能するのか?勘違いするんじゃねぇぞ!
俺がお前を追い込んだ時、お前は自分から出ている饐えた匂いに気づいたか?
もしお前が本物のモンスターなら自分から発する獣の匂いには気づかなかったはずだ。なぜなら獣と同類なら匂いなど気にしないからな。
しかしお前がその時気付いていたなら、お前にはまだ救いようがある。
どうなんだ!香坂!正直に答えてみろ!」

俺は自分が田頭から追い出されたあの時、確かに饐えた匂いを感じた。陰湿で泥沼から発したようなじめっとした匂いを。

「お、俺は、、、。」
混乱した脳ではまともに言葉が出てこない。

「俺は誓ったんだよ。絶対これ以上あのような過ちは繰り返さないと。もし俺がお前をあのまま放っておいたらお前は間違いなく俺と同じ過ちを繰り返す。
だから俺はお前を追い込んだ。その時お前がどう感じたか。もしお前がモンスターなら俺が責任をもって檻の中でお前を飼い慣らす。だからこそ俺は会社を辞めた。それが元上司としての俺の最後の勤めだ。そして、、、償いだ」

俺の思考は完全に停止していた。気持ちだけが宙を彷徨い、俺はここにいて、ここにいないような、自分であって自分でないような。そんな不思議な感覚が身体を支配していた。
だが、何故だか涙だけは止まらなかった。あまりにも自分は浅はかだった。すべてにおいて。このままいけば俺は本当の闇に迷い込み、一生抜け出せなかったに違いない。それを田頭は自分の人生を投げ打ってまで「償い」と称し俺を既の所で助けてくれた。

俺は何も言い返すことが出来ないまま涙を流し続けた。田頭は優しく微笑み、そして目には薄っすらと涙を浮かべていた。


10年後

それでは社長賞の発表です。この賞は収益面もさることながら、メンバーの士気にも顕著な影響を及ぼしたプロジェクトに贈られます。

それでは、香坂社長、よろしくお願いいたします。


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