よのなかフォーラム
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タイトル 短編小説『最期』
投稿日: 2019/01/06(Sun) 00:28
投稿者USA

「母さん、母さん!!」
その呼びかけは虚しくも病室の壁に吸い取られるだけだった。ついに母が息を引き取った。

くも膜下出血で激しい頭痛に襲われた母は救急で病院に運ばれた。担当医の見解は「年齢も年齢なので体力的にも手術はできない」とのことであった。病院に運ばれた時点で母はすでに自分で意思を示すことができる状態ではなかったことから治療か延命かの判断は家族に委ねられた。
母は生前、「もしものことがあったならただ生き長らえるようなことはしたくない」と言っていた。延命は母にとって望むものではなく、結果命を落とすことになっても治療をすることが母の意思になるのだろう。
しかし私たちは人工呼吸器による延命治療を選んだ。いざ際の場面において選択を迫られることになると、いくら本人の意思とはいえ命が絶たれるリスクが高い選択はできなかった。チューブから注がれた薬が母の体をパンパンに膨れ上がらせ、顔にいたってはもはやその面影を残していなかった。そんなむくんだ母の体を撫でるようにさすりながら私は無意識に呟いていた。
「ねぇ、母さん。どうしたら良かったのかな。こんな姿、母さんが望むことではなかったよね。ごめんね、ごめんね。母さん。」
そう母に呟きかけてももちろん何の返事もなく部屋は心電図の音が虚しく響きわたるだけであった。しかしその寂しさを紛らわすかのように私の脳裏には、母と手を繋いで歩いた幼き日の学校の帰り道であったり、私が高校受験に合格して喜んでくれた顔だったり、私の子供を母が初めて抱いた時の満面の笑みであったり、とにかく母の幸せそうな顔ばかりが走馬灯のように浮かんでは消えていった。そんな感情に浸りたかったのかもしれない。私は時間を見つけては病院に足を運び、パンパンに膨れた母の身体の浮腫みを少しでも和らげようと慈しむようにその身体を摩り続けた。

そうして私の看護にもならない看護は母の入院から半年を過ぎる頃、幕を閉じた。

「母は最後どう思っていたのかしら。母は辛かっただけよね」といつも母に付き添ってくれていた看護師さんに尋ねた。
「それは誰にもわからないことよ。もしかしたらお母さんはもっと早く楽になりたかったのかもしれない。でもあなたはお母さんの身体をさすりながら慈しんだでしょ。そうやってお母さんとそしてあなた自身と向き合えたことは事実よ。人が最期を迎えるにあたって正解なんてないと思う。でもあなたの気持ち次第でそれを正解だったと思うことはできるかもしれないわ」
私は何かが吹っ切れたように溢れて出てくる涙を抑えられなかった。


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