よのなかフォーラム
[記事リスト] [新着記事] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]

タイトル 短編小説『凪』
投稿日: 2018/12/25(Tue) 00:36
投稿者USA

また小説を書いて見ました。少しでも元気になっていただけたら嬉しいです。

小説『凪』

1
私は新幹線の車窓から瀬戸内海の海を眺めていた。曇っているせいもあってか海辺のカラーはモノトーンだった。何も考えていないつもりでも様々なことが頭の中を過る。
今日はクリスマスイブ。


「お帰りなさいませ。今日はどうぞごゆるりとおくつろぎくださいませ。」
お帰り?
私はこの旅館に来たのは初めてなのに。でもその言葉は、余所余所しくもなく、温かく、本当に家に帰ってきて母が出迎えてくれたような優しい言葉だった。
それにしてもなんとなく旅館全体の雰囲気が温かい。入り口にはサンタクロースの衣装を着た旅館のマスコット人形が飾られていたが、それも含めて手作り感が伝わってくる。出迎えてくれた従業員もそうだが、みんな初めて会ったとは思えないくらい自然に接してくれる。
私はこの旅館に電話で直接連絡し予約をした。ネットでは条件が満たされず予約できなかったし、旅行会社でなんて言わずもがな。ホームページを見て楽しそうに働く従業員の顔をみて無意識のうちにスマホを手に取っていた。


「お風呂はどうでしたかの〜。おくつろぎいただきましたか?」
私に給仕してくれているのは失礼ながら、おばーちゃんだ。でも肌なんてまるでタマゴのよう。この旅館のマスコット「タマゴプリンちゃん」のモデルはこのおばーちゃんなのか、と一瞬思ってしまった。それにしても話し方もしっかりしているし、何より雰囲気が他の従業員とは一際違っている。それは単に年齢によるものではなく何年も積み重ねてきた経験というか人生というか、そういったものが綯い交ぜになり何か深みみたいなものがこのおばーちゃんからは溢れている。
「ええ、とても気持ちよかったです。何も考えず、ただただぼーっとお湯に浸かっていました。ぼーっとしたなんていつ以来かしら。」と思い出したように私はおばーちゃんの先程の問いかけに応えた。
「あらまぁ、若いのに。お年寄りみたいなこと言うて。まぁ待っててよ。自慢の料理を持ってきよるけんね。」
おばーちゃんは腰が少し曲がっていたがその歩みはとてもしっかりしていて、そして凛としていた。


メインの愛媛名物「鯛頭の煮付け」を食べ終えたころ、おばーちゃんは私の前の席にひょこんと腰をおろした。
「どうじゃた、旅館の料理は?お口には合ったかの〜。」
「とても美味しくいただきました。それになんだか懐かしくて、、、」
と言葉をすっと吐き出すと同時に一縷の涙がすっと私の頬を滑り落ちた。
「あらまぁ、どうして泣きよるの?なんかツラいことでもあったんか。このばぁで良かったらなんなりと言うてみ」とおばーちゃんに促され、私は堰を切ったかのように話し始めた。
「なんだか最近何もかも上手くいかなくて。仕事ではヘマばかりするし、彼氏ともうまくいかなくて別れてしまうし。こんな時、母親が近くにいてくれたらと思うけど、大好きだった母はもういません。なんとか気分転換をしたいと思いました。家にいたらダメだと思って。クリスマスだからなかなか誘える人もいないし、1人で旅館へ旅行するなんてとても恥ずかしかったけど、とにかく気持ちを変えたかったの。このままじゃダメになると思って。だからいろいろ旅行を計画してみたけど、この時期に1人で泊まれるところなんてないの。なんだか世界でひとりぼっちになったかのようだった。でも偶然にもこの旅館のホームページをみたら従業員のみんながとてもステキな笑顔だったの。もう私自身何年も忘れたかのような笑顔だった。もしかしたらここなら泊まらせてもらえるかもと思って。電話したら快く受けてくれました。旅館に着いた時から家に帰ってきたかのような温かさがあった。そして今食べた、鯛頭の煮付け。母の味付けにそっくりで。急に母のことやら、何やらが頭の中をよぎって、わたし、、、」
と一気に止め処なく言葉を口に出すと、今度は涙まで止まらなくなっていた。その間、おばーちゃんはただ頷き、そして話しを聴いてくれていた。その表情はとても優しかった。
「この旅館の雰囲気が温かい言うてくれるのはありがたいの〜。少しわいの話しをしてええかの。わいはこの旅館に若い頃から嫁いできての。息子にも恵まれた。お客さんにも恵まれ旅館は順風じゃったよ。でもそんな時、主人が病気になってしもうての。もう長くはないと言われて、それからはあっと言う間じゃったわ。主人が亡くなってからというもの、何も手につかなんだわ。幼い息子を残してこれからどうしたらいいのか全くわからんでの。どれだけ主人がわいとって大きい存在やったか。しばらくは立ち直れんかった。でも悲しむだけ悲しんで、へこむだけへこんだら、スッキリしての〜。そこから気持ちを切り替えたんじゃ。主人を愛してたのと同じくらい、息子を愛し、従業員を愛し、お客さんを愛し。そしたらの〜難しいことはよ〜わからんが物事が上手くいくようになりよったわ。だからお前さんも悩みなさい。悩んで悩んで悩みきったらなんかあると思うぞ。お前さんのことも子供のように愛しとるよ。またいつでも来んさいや。」


クリスマスの瀬戸内海。外は快晴だった。風もなく凪く海辺に映る色はコバルトブルーで、どこまでが空でどこまでが海なのかわからなかった。私の気持ちもどこまで広がっていく凪く海のようにとても穏やかだった。
「お一人様ツアー」は少し勇気が必要だったけど、勇気を出したら元気がもらえた。そう思えるだけでちょっとは前向きになれたかな、とクスッと1人で車窓から海辺に笑いかけた。


- 関連一覧ツリー (▼ をクリックするとツリー全体を一括表示します)

- 返信フォーム (この記事に返信する場合は下記フォームから投稿して下さい)
おなまえ
Eメール
タイトル
メッセージ   手動改行 強制改行 図表モード
参照先
暗証キー (英数字で8文字以内)
  プレビュー

- 以下のフォームから自分の投稿記事を修正・削除することができます -
処理 記事No 暗証キー