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タイトル短編小説『笑顔』
記事No5371
投稿日: 2020/09/03(Thu) 22:26
投稿者USA
短編小説『笑顔』

「なぁ、源太。源太の夢ってなんだ?」
「ゆめってなぁに?」
「そうだなぁ、夢っていうのは、源太が大きくなったら何になりたいか、ってことかな」
「それがゆめっていうことなの?それなら、ぼくはしんかんせんのうんてんしゅさんになりたい」
「新幹線の運転手さんか。どうして新幹線の運転手さんになりたいんだい?」
「だってとってもカッコいいんだもん。しんかんせんはとてもはやいし、うんてんしゅさんはどこにでもつれていってくれるし。それにいつもてをふったらバイバイしてくれるしさ」
「そうか。運転手さんはカッコいいもんな。そしたらさ、源太。いつか源太が大きくなって新幹線の運転手さんになったらさ、源太の運転する新幹線にパパを乗せてくれよ」
「うん、いいよ。パパがニコニコわらってしんかんせんにのれるようにげんた、うんてんいっぱいれんしゅうする!」
「楽しみにしてるよ」
俺は毎晩寝る前に源太に絵本を読んでいた。今読んでいる本は「夢」についての本。
いじめられっ子が夢を持つことで、困難に立ち向かいながら力強く成長していく、といったストーリーだった。
絵本を読みながら源太とお話する時間が、俺にとっては何より至福の時間だった。
こんな毎日がずっと続けばいいのにな、とそんなことを考えていた。
源太にはいつでも夢を追っかけていて欲しい。その夢がなんだっていい。源太が夢に向かって生き生きとしている姿をみることが、親として何よりの喜びなんだ。


源太へ
今、新幹線に乗りながらこのメールを書いています。源太は運転手じゃないけれど、この新幹線は源太が走らせていると思っています。
「人が少なくなったこの土地に新幹線を走らせて、もう一度地域のみんなを笑顔にしたい」
その想いを実現する一心で、源太は鉄道会社に入社して死物狂いで働いた。そして新規路線開発部長にまでなり、いよいよその夢を実現した。父さんはそんな源太を本当に誇りに思うよ。父さんは嬉しくて仕方ない。夢を追いかける源太は父さんにはとても眩しいよ。源太を誇りに思います。
                  父さんより

そう締め、メールを送信したときだった。
新幹線のドア付近にある電光掲示板が速報を伝えた。
「衆議院議員の戸高隆に対し、地検特捜部が贈収賄容疑で家宅捜査に入った模様。なお資金は鉄道会社の新規路線開発部長である橘源太氏が会社の資金を横流したとの情報が入っており、現在事実関係を究明中」



「父さん。概ね報道されている通りさ。俺は戸高先生に渡したよ。間違いない」
留置所のアクリル板を一枚挟んで、俺は源太と向かい合っていた。
「なんだってそんなことしたんだ。お前ってやつは、、、」
「父さん。夢を叶えるってことは綺麗事だけではダメなんだよ。新規路線開発は線路工事と並行して行われていたんだ。そこには多くの人が関わっている。走り出したらもう止まることなんてできないんだ。
ある地域で土地の収用が上手くいかなくってさ。どうしてもその土地が必要だった。だからさ、信頼できる戸高先生にお願いして、お金を地元の有力者に渡してもらったのさ。そのおかげで路線は繋がった」
「だからって政治家に金が渡るなんてあっていいはずがないだろ。他にも方法があったはずだ」
「さっきも言ったけど、世の中綺麗事だけでは上手くいかないことだってあるんだよ。この件に関して、俺も先生も個人的に金を着服してなんかいない。ただ路線を繋げたい、みんなの想いを繋げたい、それだけさ。
だけどね、マスコミは面白いように書き立てる。売り上げ部数を伸ばすためにね。
そもそもどうやってこんなトップシークレットが漏れたと思う?
マスコミだって何もしないでこんな情報を仕入れられるわけがない。自分たちがしたことは棚上げしておいて、一方的に叩けるだけ俺らを叩く。舌の根が乾かないうちに、自分たちはもっと酷いことをしているのにさ。
でもそれも、今となってはどうだっていいんだよ。もう線路は開通した。多くの人はますます笑顔になる。俺はその笑顔を見るためにここまで頑張ってきたんだ。
だからさ、父さん。父さんも最後に笑ってくれないか?俺は父さんの笑顔が何より、、、。
だからさ、頼むよ、、、父さん」
俺は源太の顔を直視できなかった。目を合わせれば涙を抑えきれないだろうから。
そういえば源太は小さい頃からおっちょこちょいだったよな。走ったら転ぶから危ないぞ、といった矢先にはステンっと転んで膝小僧を擦り拭き泣きべそをよくかいていた。
そんな姿が愛おしく、俺はよく源太を「大丈夫、大丈夫」って言いながら頭を撫で、そして源太をこの胸に抱いてやった。
できれば今すぐこの場でそうしてやりたい。
しかしこのアクリル板が邪魔をして、そんなことは到底叶わない。
透明な板に映る俺は今、どんな顔をしているのだろうか。

「それではそろそろお時間です」
看守が無表情でそう呟き俺は妄想から目が覚めた。

去り際に、
「ありがとう、父さん。父さんのおかげでまた前に進める気がするよ」
と源太の声が俺の背中に響いた。