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タイトル短編小説『距離』
記事No5229
投稿日: 2020/04/25(Sat) 09:05
投稿者USA
短編小説『距離』

心の深いところにある、僕そのものともいえる核の部分を僕はどうしても何かで表現したかった。いつも表現することに飢えていた。
表現というものを意識し出したのは高校生の頃だった。
僕はどこまでも人見知りで臆病だった。
高校一年生のある日、僕はテキストを忘れた。数学の授業だった。橘先生の授業スタイルは事前に予習をさせ問題の解答を生徒自身に黒板に書かせるといったものだった。誰が当てられるかは日によってランダムなもんだから常に教室には緊張感が漂っていた。
「よーし、今日は右から2列目に座ってる人が前に出るように」
ドキッ!!
僕の座る席はもろに2列目で、そして前から3番目。
さっそく1番目に座っているやつが前に出た。やばい。3番目の僕にすぐ順番が回ってくる。テキストを忘れたこんな時に限って当てられるんだから世の中たまったもんじゃない。僕の背中には変な汗が流れ始めた。橘先生の逆鱗に触れたらとんでもないことになる。「教科書を忘れました」なんて言おうもんなら、お仕置きとばかりに恐ろしい量の課題を渡される。
焦りに焦っていた。汗がシャツに染み渡る。お腹が痛いと嘘をついて保健室にでも逃げ込もうか、と思っていたまさにその時だった。
「はい、これ。答えもテキストに書いてあるから使っていいよ」
と、3列目の前から3番目の席に座る、つまりは僕の左横の席に座っていた片岡さんがさりげなく僕にテキストを貸してくれた。
普段から女の子と全く会話らしい会話なんてできない僕は突然の出来事に戸惑いながらも、なんとか「ありがとう」とだけ彼女に呟いた。

このことがきっかけで僕は彼女のことが気になりだし、少しずつ親密になり連絡先を交換するようになって、やがて付き合うようになりました

と、なるような人間ならば僕はきっと歌い手なんかにはなっていなかったと思う。面と向かって自分の想いを伝えられないからこそ、その想いを密かに募らせ言葉を紡いできた。

『真横にいるのに君との距離がわからない
 近いのにとても遠くに感じるのはなぜだろう
 それは僕が臆病だから?
 どうすればいいのか誰か僕に教えてよ
 プリーズテルミー
 ねぇ先生
 僕が知りたいのはサインコサインなんかじゃない
 知りたいのは彼女との距離の縮め方』

この歌詞を、親友で当時からベースがプロ級の腕前だった啓介に見せたら、
「くだらねー。童貞感丸出しじゃん。でもなんか味あるなぁ。なぁ亮太くん。俺とバンド組もうよ」
と貶されたのか褒められたのかなんだかよくわからない感じで俺はバンドを組むことになった。しかしバンドは最低でもスリーピースが基本となる。
僕はギター。啓介はベース。あとはドラムスが必要だ。そこでもう一人の親友だった治に声をかけた。
「なぁオサ。お前さ、小さい頃太鼓習ってたんだろ。そしたらさ、きっとリズム感あんじゃん。ドラムスとしてさ、俺と啓介とバンド組もうぜ」
と半ば強引な理由でドラムスとして治を迎えた。

不思議だった。
面と向かっては伝えられない気持ちや想いは音楽に乗せると何の躊躇いや恥ずかしいさもなく表現できた。
きっと音楽家に限らず小説家や俳優など表現に生きる人たちというのは実はとても繊細で臆病な生き物なのだと思う。繊細で臆病な生き物だからこそ自分と向き合う機会が人一倍多くなる。自分と向き合えばその分だけ自分では気付かなかった新たな自分に気付く。それを誰かにもわかって欲しい、共感して欲しいと思うようになるのだ。その想いが自分の中で沸点に達した時に、いよいよ殻が破かれる。殻を破く手段が僕の場合は詞であり音楽でありバンド仲間だった。



数年後
僕らはいつしか日本を代表するバンドに成長していた。僕らの楽曲がドラマの主題歌やCMにもタイアップされた。
しかしそんな人気絶頂の中で僕たちの心はズタズタに引き裂かれていた。

僕たちの活動は小さなライブ会場からのスタートだった。
個人的な気持ちを音楽で表現していたに過ぎないのに、その気持ちに共鳴するかのようにファンが増えていった。ライブ会場でワンマンライブが行えるくらいになるとメジャーレコード会社から声がかかった。そこから全国区になるまでは本当にあっという間だった。
しかし全国区になると、クライアントの意向を踏まえて音楽を作るようになった。
最初の頃は何も考えずに何の疑問も抱かずに求められる音楽を作っていた。しかし徐々に製作に集中できなくなる自分たちがいた。
クライアントが求めるものを後追いしていることに気がついたとき、そもそもなぜ音楽をしているのかがわからなくなってしまったのだ。
奥深い心の底にある極めて個人的な気持ちや想いを表現したいからこそ、それを詞にして音楽に乗せてきたのだ。自分たちが有名になってどんどん大きくなればなるほど、純粋な音楽への気持ちがその意図しない肥大化についていけなくなっていた。

もう限界だった。
僕たちは身動きが取れなくなっていた。
そんな状態を見兼ねたのか、事務所の先輩で国民的バンドのミスターヤングエイジさんが
「俺たちのフェスにでない?たださ、条件があるんだけど、そのフェスでさ、ドラマの主題歌になったヤツを演奏してよ」
と言ってきた。
僕たちは唖然とした。と同時に怒りがこみ上げてきた。
僕たちはその主題歌になった音楽のせいで悩み苦しみもがいているのだ。できれば二度と演奏などしたくない。それなのにそれを演奏して欲しいなんて一体何を考えているんだ。尊敬していたバンドだけにその余りの無神経さが余計にショックだった。
しかし事務所の先輩からの誘いを無碍に断るわけにはいなず渋々出演に応じた。


観客は超満員。総勢2万人とのことだ。これだけの規模のフェスに参加したことなどなかった。さすがモンスターバンドであるミスターヤングエイジだ。
僕たちはミスターヤングエイジさんの演奏の前、つまり大トリ前のトリで演奏するという光栄に預かった。

ギターのアルペジオから静かに始まるロックバラード。アルペジオの哀愁が沈み始めた夕陽と重なり合っていく。サビに向かってアルペジオからストロークに。ストロークが始まるタイミングで啓介のベースと治のドラムが寸分の狂いもなく同調する。
サビに差し掛かったその時だった。僕の声をかき消すかのように聴衆の方からサビのフレーズが僕たちに覆い被さってきた。
みんなが一斉に合唱しているのだ。その声は大きなうねりとなり僕たちが立つステージに押し寄せてきた。僕たちは不覚にも演奏を止めてしまった。それでもまだまだみんなの合唱は続く。
合唱しながら観客は腕を掲げ左右に揺らし始める。夕陽が観客を淡い茜色に染め上げ、ステージから見たその景色はまるで穏やかな波に浮かぶ夕陽のようだった。
僕は、いや僕たちはあまりの光景にいつしか涙を止めることができなかった。
僕たちがあれほど嫌っていたドラマの主題歌が知らない間にみんなのものとなっていた。僕たちはそのことに全く気付いていなかった。僕たちが嫌っても、それでもみんなは愛してくれていた。もはやその楽曲は僕たちのものではなく応援してくれている人たちのものとなっていたのだ。

涙の先には片岡さんも一緒になって手を振ってくれていた気がした。気のせいかな。気のせいでも構わないや。

先生、僕と彼女の距離の縮め方、それはここにいるみんなが、そして音楽が教えてくれましたよ

タイトルRe: 短編小説『距離』
記事No5230
投稿日: 2020/04/27(Mon) 10:04
投稿者ようへい
USA様

いつもありがとうございます。

今社会でいう距離とは、すかっkりsocial distance になっていますね。

今後しばらくこの傾向が続くと思います。
3密を満たさなければ良いという方向で日本では語られていますが、
海外では、他人との距離2mが必須という意味のsocial distanceです。

なので、3密を満たさなければセーフという感覚は日本オリジナルの解釈で危険との指摘もあります。

コロナの話はおいといて・・・

人は自由な振る舞いを許されている環境下での結果によって環境が変化します。
なので、常に変化する環境、環境で適応が必要になると思います。
よく、聞く言葉の
「あいつは、変わってしまった。」
「昔は、いいやつだったのに・・」
などは、環境変化に適応した人と環境変化に適応していない人の間の齟齬によって生じる言葉なのではないでしょうか。

国民的バンド、ミスター子供達の方々もきっとそのような環境の変化で悩みながら今に至っているんだろうなと思いを馳せておりました。

また新作楽しみにしております。

奈良市在住 ようへい