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タイトル短編小説『曇り』
記事No5147
投稿日: 2020/02/10(Mon) 23:39
投稿者USA
「なんで学校なんていかなくちゃいけないの?逆に教えてよ。その理由に納得できたら僕は学校にも行くし、なんだってするよ」

息子の隆が不登校になった。息子の問いかけに答えられないまま徒らに時間だけが過ぎ去った。最初は担任の先生が隆のことを気にかけてくれ、わざわざ家に出向いてくれたりしていた。しかし時の経過とともにその足も次第に遠のいた。学校という世界から引き剥がされた隆は世界から孤立した。隆は完全に引きこもりとなった。
飢え死にさせるわけにもいかず、コンビニで買った弁当を毎日部屋の前に置いて出勤した。隆は生きるのに最低限の量だけしか弁当を口にしなかった。ほとんどのおかずは残されたままだった。

妻である朱美は、隆が原因不明の登校拒否を起こしてからというものあらゆる手を尽くした。学校へは毎日のように相談に押しかけ、その理由を先生たちに幾度となく尋ねた。しかし何度尋ねてもその理由は「わからない」の一点張りだった。見えない出口に八方塞がりとなった朱美はやがて自分自身を追い込み、結果ノイローゼとなりすべてにおいて無気力となっていった。
食事の用意も儘ならず、朱美自身も食欲がなくなる一方だった。俺自身は仕事に忙殺される日々で料理どころではなく、隆と朱美に申し訳なさ程度にコンビニで買った弁当を用意するだけだった。

隆の身に何が起きたのか、それは俺にも朱美にも思い当たる節が全くなかった。
しかし隆が残した「なんで学校にいかなくちゃいけないの」の言葉だけは決して頭から離れることなく俺を縛りつけた。縛りつけると同時にその言葉に向き合うことだけが俺たち家族をこの現状から救いだす唯一の手立てであるような気がした。

「なぜ学校に行くのか」
そんなことを俺自身が学生だった頃に意識したことなどなかった。なぜ学校に行っていたかと問われれば、それは行くことが当たり前だと思っていたし、行かなくちゃいけないものだと思い込んでいたからこそ、そこに疑問など抱く余地はなかった。今思えば、周りが当たり前のように学校に通う中で自分だけがその輪から外れることの方が自分にとっては恐怖だったからただ単に疑問すら抱かず学校に通っていただけなのかもしれない。
それは社会に出てからも同じであろうか。
周りが当たり前のように働く。自分だけが取り残されるわけにはいかない。輪からはみ出ればその輪に戻ることは容易ではない。
だからこそ「なぜ?」と問われれば、その背景にはいつでも恐怖があったのかもしれない。
そうなると隆は今怖いのだろうか?学校という輪から理由はどうであれ、はみ出した。俺自身ははみ出す勇気がなかったから、今もこうして多くの人がそうであるように、特に大きな疑問を抱くことなく働き今を生きている。
そんなことを考えていると自問自答のループが押し寄せてきて自分がそのループに呑み込まれるような錯覚に陥った。
隆の問いかけに適切な答えなどあるのだろうか。そんなものがあるなら教えて欲しい。
義務教育だから?周りが行くから?それが当たり前だから?
どのように考えても隆が満足するような答えではなさそうだ。
そう考えると徐々にイライラしてきた。なぜこんな禅問答のような自問自答を繰り返しているのだ。
なぜ学校に行くのか。そんな疑問に対する答えなどある訳がないだろう。もはや「なぜ呼吸をするのか」と同レベルの問いかけなのではないのか。呼吸をしなければ窒息死する。呼吸をするのは当たり前だ。そこにいちいち疑問など抱かないだろう。なぜ学校に行くのかなんて、それこそ人の数だけ解釈がある。
呼吸をすることに戸惑いがあるならばやめてしまえばいい。死ぬだけだ。学校に行きたくないなら行かなくていい。その先どうなるかはお前の自由だ。
しかし困った。他人の子ならともかく自分の息子に呼吸と同じ理論で死んでしまえなんてさすがに言えたものではない。
この問題、実はとてつもなく根が深い。
俺は正直焦ってきた。職場での仕事は山積み。責任世代。家庭は問題山積み。子供は引きこもりで妻はノイローゼ。ここで俺が崩れれば我が家は崩壊するだろう。かと言って出口など見えよう筈もなかった。まずい、と思った。完全に俺が一人で対処できるキャパをオーバーしている。

爆発寸前だった。何かが俺の中で弾けた。弾けたのだ、発想が。
まず仕事「に」逃げた。仕事「から」逃げたのではない。仕事「に」逃げたのだ。仮に仕事を休んで四六時中家族と過ごしてもとてもじゃないが俺自身が持たない。だから意識的に仕事中は「家庭から仕事に逃げている」と気持ちを切り替えた。
逆に仕事は定時で帰ることにした。もちろん職場の同僚には家庭の事情を説明した。俺が崩れれば家庭が崩れる、と。だから残業をすることで家族を見放しにはできないと恥を忍んで理解を求めた。
その分と言ってはなんだが、仕事中は今までの何倍も集中し業務をこなした。不思議なことに選択と集中を意識したことで効率性は格段に増した。定時を心掛けたことでパフォーマンスが逆に向上したのだ。
一方家庭ではコンビニ弁当をやめた。隆と朱美との距離を最短で縮めるには手料理しかないとなぜか思い立った。慣れない料理だ。指は包丁で血だらけになるし、出汁の取り方からしてわからない。職場の同僚に聴いたりして見様見真似でなんとか体裁を整えた。


「おい、隆。父さん、料理を作ってみたんだ。食べてくれないか?」
「母さんは?」
「もうリビングで待ってるよ。久しぶりに3人で食べよう」
家族3人で食卓を囲むなんて何年振りだろうか。心なしか3人とも面映い心持ちだった。誰も視線を合わせられない。だからこそ視線は俺が作った料理に自然と注がれていた。

いただきます。

俺が切り出した。

朱美が味噌汁をすする。

隆が歪な形のハンバーグに箸を寄せる。

リアクションが怖くて俯く俺。

「美味しいね、隆」
「そうだね、母さん」

何気ない会話につい俺の頬は緩む。
俺の眼鏡は味噌汁の蒸気で曇っていた。おかげで2人に表情が見られなくて安堵した。


後日、隆のことで朱美と共に学校を訪問した。先生から話があるとのことだった。
平たくいうと、隆は発達障害が理由でクラスメイトと上手くコミュニケーションがとれないのでは、ということだった。
そのような概念が以前の俺には全く備わっていなかったし、また受け入れられる余裕もなかったが、もう今は違う。
隆はどんなことがあろうと俺の宝物だ。障害であろうがなんであろうがいずれにしてもそれは個性だ。個性ならば伸ばしてあげればいい。それだけのことだ。朱美と俺は不思議にも笑みを浮かべていた。

学校からの帰り道、朱美が俺の手をギュッと握りながら呟いた。
「あなた、また隆がハンバーグ食べたいって」
「いいよ。今日帰ったらまた作ろう」

空は快晴。曇りのない俺の眼鏡の奥はきっとどこまでも澄んでいたに違いない。

タイトルRe: 短編小説『曇り』
記事No5155
投稿日: 2020/02/18(Tue) 07:03
投稿者ようへい
USA様

いつもありがとうございます。

不登校問題は難しいですね。
教師側も時間的なリソースがあるため対応にも限界があるので、
おそらくマニュアル等で
最初の1週間は3回訪問
次の3週間は週2回訪問
1ヶ月〜3ヶ月は週1回訪問
その後は担当カウンセラーへアウトソーシングのような・・

一人の教師に学習内容・家庭調整など限界に来ているように思います。

絵本が分業制で作られる時代に学校も
カウンセラーなどと分業体制にしていくのが良い様に感じています。

家庭は家庭で 仕事に逃げてしまうお父さんが多すぎますので お父さんの料理という手法はもしかしたら革命的な解決法なのかもしれませんね。

答えは以外とシンプルであったりするのかもです。

奈良市在住 ようへい