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タイトル作者の感性を想像しながら味わう至高の428ページ「廃校先生」
記事No5033
投稿日: 2019/11/05(Tue) 21:36
投稿者ようへい
久々に小説というジャンルの書物を読みました。
今回の小説は、ある特殊な環境下で読むことが出来ました。それは、作者の方とお話しする機会があった後に作品を読み始めるという特殊な環境です。
実は、このような環境は私にとっては、「よのなかフォーラム」でUSA様の小説をそのような形で経験させて頂いているのですが、一般的には希少な形だと思います。

読ませいて頂いたのは浜口倫太郎様の「廃校先生」です。
本作品では奈良県南部にある日本最大の村(北方領土を入れると5番目)十津川村のとある廃校が決まった小学校の最後の365日を個性豊かな児童達とその家族、地方ならではの地域の人々、そしてその学校の教師達の事を中心に丁寧に描かれています。奈良県民の私にとって時折出てくる地域名称(谷瀬の吊り橋、五条、新宮などなど・・)も近くで勤務していた経験もあって、それだけで感慨深いワードのオンパレードでした。

また登場する教師の描写は特に精緻に作り込まれているのですが、物語のキーとなる6年生の担任は作者が仲良しの「スマイルのよしたか」という芸人の方をモチーフにされたそうです。https://www.youtube.com/watch?v=bFvTWHq5vNE
私はテレビをほとんど見ないため、読了後にスマイルのよしたかさんをyou tubeで確認したのですが、
作品を読んでいる中で私がイメージしていたyou tuberのかずさん
https://www.youtube.com/watch?v=cepuxdpw_CU とあまりに雰囲気が似ているため驚きました。笑
そして登場人物の背景における細やかなディテールのみならず文庫本のカバー自体がこの物語において大きな意味を持ち合わせていることも秀逸です。

作者は、公式ブログ(http://rintarou.info/)の中で堀江さん(ほりえもん)がいらないと言っているものは、ドラマの要素になりやすいものばかりだとコメントされていて、今回の作品を読み終わって非常に納得しました。そもそも、私は奈良の片田舎出身ではありますが、卒業時の同級生は140人程度いたので、過疎の限界集落の学校が懐かしいと感じる事はいささか可笑しいはずなのに、なぜか過疎の田舎の廃校となる学校にノスタルジーを感じるのです。考えてみれば私は真田幸村が大好きで、負ける定めであったとしても豊臣方に加勢し露と消える儚さに魅了されてきました。「儚さ」は気持ちを揺さぶります。

作者がこの作品で描きたかったのは、まさにタイトルにあるとおりで
平易に言うならば学校というハードとその中で働くソフトとしての先生とうことになります。
学校のイメージも先生のイメージも学校に通ったことのある全ての人々がそれぞれのイメージを持っている中で、作者がどのようにそれを表現するのか。私はこの作品を読み進める上でその点が最も興味深かったのです。熱血先生も泣き虫先生もヤンキー先生も自分が生徒だったらさぞかしうっとうしいだろうなと感じている筋金入りの学校嫌いである作者がどのように表現するのか。
そういう視点でこの物語を読み終えました。

現代の教育現場では生徒からの評価と生徒学力を日々客観的な数値として給与や解雇含めて評価され続けている塾の講師と目の前の生身の学校の先生で教科の得点力を上げるという土俵では全く勝負にならないことは小学生でも理解しています。ネット技術の進化によって塾講師の中のtop of top講師の授業がオンラインでいつでもどこでも聴講出来るようになっています。さらには教育へのAIの進化応用によって各生徒の未達項目が瞬時に判断されて必要な範囲の必要な量の勉強が個々に最も適切に供給されるようになれば、もはや現状の生身の教師1対多数の生徒という授業形式(たとえそれが1対5程度でも)では試験の得点力という尺度では生身の教師はますます勝負にならないと思います。

私は中学受験組でしたので、高学年の頃には授業内容に対するリスペクトは担任に対しては全くありませんでした。しかし、私の人生で一人恩師をあげるとしたら今でもその担任の先生です。
作者と私では学校や先生に対する捉え方はおそらくずいぶん異なると思いますが、廃校先生における「よし先生」の生き様、つまり作者が先生に求めるものと自分が先生に求めるものは完全に一致していたのです。
言葉にするとあまりにもありきたりで陳腐な言葉かもしれませんが、結局は「生徒への愛情」に他なりません。
この作品を読み終えて、考え方も生き方も異なる人間の憧れる「先生像」が一致したことで大きな安堵感を得られました。
なぜか思い出すサンボマスターの名曲の「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」
の一説を思い出しました。
新しい日々を変えるのはいじらしい程の愛なのさ・・・やはり愛でした!


最後に作者の浜口倫太郎様の公式ブログの記事はどれも視点が秀逸なので再度リンクを張らせて頂きます。http://rintarou.info/?p=12

そして締めは、自称日本初の書評の書評家(笑)として藤原先生の廃校先生の書評について一言。
若草山からの夜景について、補足です。

奈良の夜景で有名なのは目映いばかりの光あふれる大阪平野を一望にできる生駒山かもしれんけど、それは大阪の夜景であって奈良の夜景やない。
奈良自体を見渡せる奈良の夜景はこの若草山なんや。
光が乏しくても、その乏しい光に思い出があって、風の薫りと木々のざわめきを感じるこの夜景は(奈良の人間の場合)俺にとって特別な場所や。

この言葉を添えて若草山の夜景に麗しの彼女をお連れ申し上げれば、良い雰囲気になること請け合いです。(※自己の経験では検証済みですが100%の断言は致しかねます。笑)

長文すいません!!

奈良市在住 ようへい