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タイトル哲学科の掟??
記事No4926
投稿日: 2019/09/13(Fri) 23:49
投稿者ようへい
この前、懇意にしている営業の方が実は哲学科出身だと言うことを知りました。

哲学科出身で就職すると仲間内で 裏切り者 といわれるそうです。(冗談含むと思われる。)

就職するのは、まあ許せるとしても 就職状態を3年も続けていると許されないそうです。(冗談含むと思われる。)

そういえば、就職に不利な学科の二大巨頭は哲学科と史学科という話を聞いたことがありました。

哲学を学ぶということは、就職などして俗世間にまみれることは良くないことということなのか。非常に興味深い話でした。

でも よのなか のほとんどの人は、毎日哲学していると私は思っています。(^_^)

タイトル臨象哲学のこと
記事No4927
投稿日: 2019/09/14(Sat) 07:14
投稿者カズ
> でも よのなか のほとんどの人は、毎日哲学していると私は思っています。(^_^)

 少なくとも欧州では「哲学科」が一番リスペクトされますよね。
 博士をPh.D.と呼ぶのはPhilosophize Doctorの略で、哲学のマスターという意味ですから。

 私は、自分自身が日常的にやっている、人と遭遇したり体験によって思考する習慣を「臨象哲学」と呼んでいます。
 「臨床」でないのは、医者ではないからベッドの横ではなく、「人との出逢いや経験した事象に臨んで」=「臨象」するごとに考えるといううこと。

 何について考えるのかというと、その意味についてです。
 前にも書きましたが、私にとっては、すべての出逢いは(それが人であろうと、事象であろうと)一つの(みな異なった)問いかけなので。

 こういう癖がつくと、人や事象がつながってくるんです。
 「意味」でとらえると、つながってくるから、頭の中で「情報処理」ではなく「情報編集」がなされ、つながった形で記憶される。
 だから、どんどん蓄積すると「つながり」が観えやすく、つなげやすくなっていくということになるでしょうか。

 この「よのなかフォーラム」の場が、まさに絶好の場でもあるわけです。
 

タイトル 臨象哲学
記事No4934
投稿日: 2019/09/18(Wed) 23:42
投稿者ようへい
藤原先生

臨象哲学  

素敵な響きですね。

すべての出逢いは(それが人であろうと、事象であろうと)一つの(みな異なった)問いかけ

人生の中で出会える人(自然に出会う人ではなくて努力したら出会える人)の数は誰しもそれほど変わらないと思います。
300歳くらいまで生きられたら別かもしれませんが(それでも平均の3〜4倍程度)・・物理的な時間の制限は覆せないので・・

しかし、出会った人との関わり方で、その出会いが次にどのような事象を自分にもたらすか、それが打算的であろうがなかろうが、そういう意図も全てひっくるめて出会いの数だけでの差ではない、大きな差が人生にもたらされると思います。

臨象哲学! 気に入りました。ありがとうございます! (^^)

奈良市在住 ようへい