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タイトル短編小説『最愛』
記事No4864
投稿日: 2019/07/28(Sun) 00:06
投稿者USA
1 ニュース
本日未明、東京都◯◯区で男性が死亡。
容疑者は大貫正人55歳会社従業員、死亡した男性は渡部浩司43歳でクラブ経営者。
なお2人の関係性については現段階では不明であり今後捜査による解明を急ぐとの警視庁からの説明。

何気なくウェブニュースに目を通していた。
この記事を見た瞬間、私は一瞬何が起きたのか全く理解できなかった。しかし気付けば涙を止められなかった。
世間の多くは殺人事件などありふれたものであるため感心などほとんど示さないだろう。
ねぇ、、、どうして、、、どうしてこんなことを、、、。

2 別れ
すまないが俺はここにはもういられない。
悪いが理由は聞かずに別れてくれ。生活費はなんとかする。お前たち2人が困らないだけの生活は保証する。だから今は何も言わずに俺の言うことを聞いてくれ。頼む。
再婚でも何でもしてくれて構わない。ただし俺から最後の最後にお願いがある。俺との関係は今後一切誰にも話さないでくれ。俺とお前たちの関係性は、、、今日で終わりだ。

10年前、急に父にそう告げられ当時19歳だった私には何が何だか訳がわからなかった。しかし父には一種の気迫のようなものがあり、こちらが何かを言ったとしても決してその決意を変えることはないだろうという覚悟を感じた。私は父のあまりに唐突で身勝手な要求に半ば怒りの感情が湧いてきたが、かといって何も言わなかった。いや、正確には何も言えなかった。それほどに父の覚悟には鬼気迫るものがあった。
母も同様で、父の決意に何も反駁せず、それどころか涙ひとつ流さず表情の変化も一切見られなかった。まるで父がこう決意することを最初からわかっていたかのように。

今にして思えば、この時に私は何かを言うべきだった。しかし当時に戻れたとして、私は父に何と言えたのだろう。そんなことは今になってもわからない。

3 父
私は父が大好きだった。思春期にありがちな父離れみたいなものは全くなく、むしろ同性の母とは些細なことでケンカを幾度となく繰り広げていた。
父はテニスが得意で学生時代にはずっとテニス漬けだったらしい。だから私が小学生の時にテニスを習いたいと言ったときはとても喜んでくれた。土日には一緒に練習することもあったし、試合があればどんなに遠方でもいつでも駆けつけてくれた。
買い物にも家族3人でよく出かけたし、いつでも会話が絶えない家族だった。
私も母も父を心の底から愛していたし、父も私達を間違いなく愛してくれていた。その愛はきっととてつもなく深いものだったに違いない。だからこそその愛を汚すものは何人たりとも赦せなかったのだろう。

4 反省
別に僕は誰でも良かったんです。仕事でうまくいかなくてイライラしてました。定年間際でリストラの話もチラつき、それにずっと独り身だしなんだかいろんなことがどうでもよくなりましてね。
ある時憂さ晴らしにクラブに飲みに行ったんですよ。そしたらね、そこのオーナーが僕の身なりを見るや、冷たく遇らうものですから、イラってきてね。だからそのオーナーが店から出てくるのを待って、それでつい、、、。
その人がたまたま渡部さんだった。それだけです。誰でも良かったんですよ、僕は。まぁ僕のストレス発散のために死んでしまったのは残念ですが。彼を殺してしまったことに反省など全くしてません。だからどんな罪でも受け入れますよ。地獄へもどこにでも行きます。

5 証言
いや〜、渡部さんは女にはホントにダラシないっすよ。やりてぇって思ったら見境いないっすからね。実際それで10年前くらいにパクられたなんて自慢気に話してましたし。まぁオーナーなんでいなくなったら店もなくなっちゃうんで、次の働き場所探さなくちゃなんね〜し、メンドウっすよね。まぁでも、渡部さんには申し訳ないっすけど今までのバチが当たったんじゃないっすか。

6 判決
主文
被告人を死刑に処する。
その犯行動機は極めて身勝手であり、情状酌量の余地なし。
被告人である大貫正人は、、、、、。

7 傍聴席
裁判官からの判決の言い渡しは当たり前だが極めて事務的に行われた。
永遠に続くかのような犯行経緯の説明に添えられる人物像は恐ろしく身勝手で冷酷非道なものだった。
しかしそうではないと、決してそんな人ではないとわかっているのは私と、そして10年前のあの時には表情ひとつ変えなかった、しかし今は私の横で人目を憚らず涙を流す母のみであった。
私も母もいづれこの時がくることは心のどこかで覚悟していた。

12年前のある日、当時私が17歳だった時にそれは何の前触れもなく起きた。私はテニスの部活を終え、最寄りの駅から自宅に戻る帰路の途中だった。突然黒塗りのワゴンが私に横付けされ、乱暴に車に担ぎ込まれた。
そこから先のことは覚えていない。
思い出そうとすると今でも身体の震えが止まらない。
完全にその時の記憶だけは色を失い、脳と身体が拒絶反応を起こしている。
しかし唯一の記憶として、車のバンパーに大きな傷が付いていることだけはぼんやりと記憶にあった。それも今となってはなぜ記憶として残っていたのかわからない。
父と母が警察に行った時、その程度の特徴ではなかなか犯人の特定は難しいと言われた。
そこから父は私が車に乗せられた場所に毎晩立ち続けた。その期間は2年にも及んだ。
父は私が記憶していた「大きな傷がある黒塗りのワゴン」という情報だけを頼りに同じ場所に立ち続けた。そしてそのワゴンから出てきた男を父は気づかれないように写真を撮った。
父は恐る恐る私に尋ねた。
「どうだ。写真を見る勇気はあるか。嫌ならいい。もうこの写真は捨てる。そしてこれから先、俺は二度と奴を追いかけない。しかし今お前がこの写真を見る決意があるならば、俺は奴を、奴を、、、」
私は何度も逡巡した。そして震えが止まらなかった。しかしこの写真を見ないことには私は前に進めない。そんな気がした。
私は写真を見ることを決意した。
見た瞬間、当時の記憶が一瞬にしてよみがえり、猛烈な吐き気が襲い、そして私は意識を失った。

父は警察に駆け込み、何度も頭を下げ、任意でもいいからその黒塗りのワゴンを捜索してほしいと懇願した。
その結果、そのワゴンから私の頭髪が見つかり、その所有者である渡部の自宅を家宅捜査した結果、私が襲われた様子がまざまざと映し出された写真が発見された。

渡部に有罪判決が言い渡された10年前のあの日、母と私は父から離婚の決意を告げられた。
母と私は父の要求通り関係を断つため、姓を母の旧姓に変えた。父からの仕送りは銀行振込だと関係が続いているとわかってしまうため毎月郵送されてきた。そして最後の郵送便には何千万もの退職金が入っていた。もちろん差出人は偽名で。

私は父にとって最愛の娘だった。
この主文の処刑判決を聞いた瞬間、私にはそう思えて仕方なかった。

タイトルRe: 短編小説『最愛』
記事No4878
投稿日: 2019/08/15(Thu) 00:09
投稿者ようへい
USA様
ありがとうございます。
短い文章のなのに頭の中にシーンが鮮明にイメージ出来ました。
復讐がどうであるとか、そのような事はさておき、親子の絆に思いを馳せていました。

今後も楽しみにしております。

奈良市在住 ようへい