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タイトル小説『巡り巡る』
記事No4757
投稿日: 2019/05/21(Tue) 08:38
投稿者USA
一歩踏み出すたびに響く音が心地好い。玉砂利は私が足を一歩踏み出すことで音をたてる。私があるから音がある。その音を聴くことで私があるのだと意識する。まるで鏡のようだ、そんなことを思う。

もう文章が書けなくなってから1年以上経つ。幸いにも私が書いた小説のいくつかがベストセラーとなったおかげで当分の生活には困らない。しかしそのベストセラーが私を雁字搦めにしていた。
小さい頃から本を読むことが大好きだった。余暇を使っては細々と本を書き続け、ある時応募したミステリー作品は賞こそ逃したものの私の感性が面白いということである編集者の目に止まった。
妻の理解もあり、私は脱サラし小説家としての路を歩むことを決めた。当初は企業に起こる不可解な出来事をミステリー小説として書いていたのだが一向に売れる気配がなかった。燻っていた私に編集者から当時問題となっていたいじめによる自殺を題材にしたノンフィクションを作ってみないかとの打診があり、それを世に出したところ大きな話題となりヒットした。
それ以降、社会問題を取り上げたノンフィクション作家として私はある程度の地位を確立していた。しかしベストセラー作家になり私は多くの注目を集めると同時に批判にも晒された。中にはこんなものもあった。
「お前の小説は実際に起こった悲惨な事件を取り上げ、自分なりの見解を加えて世に出す。何様のつもりだ。当事者でもないお前が被害者加害者を具材に調理し、勝手な解釈を加え、読者に提供しているに過ぎないではないか。何の権利があってお前はそんなことができるんだ」
もちろん私にだって矜持はある。私の小説が読まれることで同じような事件が少しでも減って欲しい、事件について考えるきっかけとなれば、など様々な想いで作品と向き合っている。
しかしこのような批判の声が強まるにつれ、どうしても私の気持ちは次の作品へ向かず、そして自分の進むべき方向性すら完全に見失っていた。
そんな失意の最中、妻が激しい痛みを訴えた。喉頭癌だった。すぐに喉の手術をしたが、その結果妻は声を奪われた。
最初は妻が筆談で、それに私が話しかけて応えていた。やがて妻の耳は聴こえにくくなり、お互いが筆談で語り合うようになった。
それでも私たちは語り続けた。
取り留めもない話だったと思う。

元気になったらまた2人でお出かけしたいね
妻が書く
そうだね。きっとお出かけしよう
私が応える
次に行くのはどこがいいかな?私は新婚旅行で行った場所に行きたい。素敵だったな。
妻が書く
そうだね。きっと行こう
私は応える

私たちはそんな些細な時間を悼むように慈しむように大事に大事にした。
しかし妻の容態は回復には向かわなかった。筆圧は弱まり、文字には力強さがなくなり、妻の文字を理解するのが難しくなってきた。徐々に私と妻の筆談の回数は減っていった。
妻との意思の疎通ができなくなってから、私の気持ちはさらに塞ぎ込み、小説からは完全に遠のいていた。

そんな中、ある一通の手紙が出版社に届いた。

あなたはなぜ小説を書いているのですか?

その手紙にはこの一文だけが添えられていた。そこに書かれた文字はとても丁寧でかつ美しかった。そしてどこか温かみを感じた。理屈ではない、なぜかそう感じた。差出人の名前も住所もない。誰からどんな意図があってこの手紙が送りつけられたのか皆目検討がつかない。しかしその短い文に私は本質を突かれたような感覚に陥った。この一文に射抜かれた私は身動きがとれなくなった。だがわかる。今、私はこの問いに真正面から向き合わなければならない。さもなければ前に進めない。

その手紙が届いた数日後、妻の容態が急変した。私が何度呼びかけても反応がない。私は必死に何度も呼びかけた。逝くな、逝くな、逝くなー!!


伊勢神宮。私は何かに導かれるかのようにこの地に足を運んでいた。そう導かれるように。
おかげ横丁を抜けると左手に宇治橋が参拝者を出迎える。橋の両端にはそれぞれ鳥居がある。鳥居の先に鳥居が見える。こちらの鳥居から向こうの鳥居をくぐる時、神様の在わす場所へと参る、そんな心持ちになる。橋の向こうに見える森はひっそりと佇んでいた。時は冬至。その森からゆっくりとそして力強く日が昇る。私は吸い込まれるように鳥居をくぐり、そして鳥居に向かう。
まだ人気の少ない早朝。玉砂利の音色が耳に心地好い。私が一歩踏み出すと、玉砂利は音を返す。私はふと立ち止まる。音が止む。また進む。そして音が鳴る。私があるから音がある。音があることで私は私を意識する。
小説とは何なのか。立ち止まり考える。音が止む。作者はある物語を創造する。その世界を文字にする。言葉を紡ぐ。紡いだ先には作者自身も想いも寄らなかった世界が広がり、ここではないどこかへと運んでくれる。読者はその世界の広がりに時に絶望し共感し、そして感嘆する。言葉があり小説がありその世界を感じることで自分を感じる。
玉砂利の上を一歩踏み出す。また音が鳴る。
火除橋をさらに進むとそこには五十鈴川。朝霧漂うその場所はなんとも幻想的な雰囲気だった。私は水面に顔を近づける。あっ、私だ。私は私にはっとする。私は何に悩んでいるのだろう。小説が書けない。何を書けばいいかわからない。そうやって悩んでいるのは水面に映る私なのか。それならばと水面に手を触れる。小さな波が私の顔を揺らす。私が手を触れたことで私は揺れた。しばらくするとまた元どおりの私が現れた。そう、元どおり。私は私。どうであれ私に戻る。小説を書く。世に出る。そして様々な反応がある。でも私は私。いづれは元どおり。それを繰り返して私は本当の私を知るのかもしれない。
そして私はいよいよ神宮を前にする。今年は式年遷宮の年。神宮は20年に一度を繰り返し、それを紡いで2千年。私はまだまだだなと自嘲する。私は少しずつ私を取り戻していた。

あの一文のおかげで私は伊勢神宮を訪れた。
何かが変わったような気がした。気づけたような気がした。
自宅に帰り、ふとポストに目をやる。そこには一通の手紙があった。差出人の住所も名前もない。しかし消印を見ると妻がなくなった日の前日だった。

封を切る

あなたへ
私はもう永くないかもしれません。あなたがこの手紙を読んでいるということは私はもうあなたのそばにはいないのかもしれませんね。
私はあなたが小説を読んでいる姿を見ていることが大好きでした。読んだ小説のことを嬉しそうに私に話してくれるあなたが大好きでした。
だからあなたが自分で初めて書いた小説を一番はじめに私に見せてくれた時、私は嬉しさに身が震えました。ずっとあなたの小説が大好きでした。なぜならあなたの想いがどの小説にも痛いくらいにいっぱい詰まっていたから。
あなたは悩んでいましたね。苦しんでいましたね。でも私にはなんと声をかけてあげたら良いかわかりませんでした。何よりこの壁はあなた自身が乗り越えなければならないと私は思いました。
こんな状態になってごめんなさい。もっとあなたとたくさんの時間を過ごしたかった。いろんなところに一緒に行きたかった。新婚旅行で訪れた伊勢神宮、もう一度だけ一緒に行きたかったな。
でもあなたはきっと大丈夫。きっと大事な何かに気づけるはずよ。だから私はこれからもずっとあなたのそばで応援しています。

丁寧で美しく、力強く、そして温かく優しい文字に私は涙をとめることができなかった。
最後の最後に、力の限り、必死に、そして大事に大事にこの手紙を書いたに違いない。
ありがとう。あの時、君もそばにいたんだね。鳥居から見えたあの眩しい太陽はきっと君だったんだと今にして思う。おかげで私は私を取り戻すことができたよ。きっと、もう大丈夫。ありがとう。

タイトルRe: 小説『巡り巡る』
記事No4769
投稿日: 2019/05/26(Sun) 22:45
投稿者ようへい
USA様
ありがとうございます。

今年は特に伊勢神宮への注目が多かったように思いますが、
おかげ横丁の繁盛を見ると赤福餅の絶大な支持を感じます。

小説を書くこと、会社で働くこと、家族で楽しく過ごすこと、一人で悩むこと、スポーツで成功すること、ギャンブルに溺れること、いろんな人生の一ページがありますが、私自身はなぜ生きているのか今ひとつ分からず、いつも自分の存在承認を探しています。

近しい人の命の尊さがそのような問いかけに対して大きな示唆があるのだろうと想像しながら拝読させて頂きました。

今までに無く圧倒的に膨大で迅速に情報を得られるせいか私は悩みばかりが増えてしまいますが、もう少し気楽に人生を楽しんで参りたいと思います。

次作も楽しみにしております。(^_^)

いつも、ありがとうございます。

奈良市在住 ようへい