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タイトル短編小説『最期』
記事No4578
投稿日: 2019/01/06(Sun) 00:28
投稿者USA
「母さん、母さん!!」
その呼びかけは虚しくも病室の壁に吸い取られるだけだった。ついに母が息を引き取った。

くも膜下出血で激しい頭痛に襲われた母は救急で病院に運ばれた。担当医の見解は「年齢も年齢なので体力的にも手術はできない」とのことであった。病院に運ばれた時点で母はすでに自分で意思を示すことができる状態ではなかったことから治療か延命かの判断は家族に委ねられた。
母は生前、「もしものことがあったならただ生き長らえるようなことはしたくない」と言っていた。延命は母にとって望むものではなく、結果命を落とすことになっても治療をすることが母の意思になるのだろう。
しかし私たちは人工呼吸器による延命治療を選んだ。いざ際の場面において選択を迫られることになると、いくら本人の意思とはいえ命が絶たれるリスクが高い選択はできなかった。チューブから注がれた薬が母の体をパンパンに膨れ上がらせ、顔にいたってはもはやその面影を残していなかった。そんなむくんだ母の体を撫でるようにさすりながら私は無意識に呟いていた。
「ねぇ、母さん。どうしたら良かったのかな。こんな姿、母さんが望むことではなかったよね。ごめんね、ごめんね。母さん。」
そう母に呟きかけてももちろん何の返事もなく部屋は心電図の音が虚しく響きわたるだけであった。しかしその寂しさを紛らわすかのように私の脳裏には、母と手を繋いで歩いた幼き日の学校の帰り道であったり、私が高校受験に合格して喜んでくれた顔だったり、私の子供を母が初めて抱いた時の満面の笑みであったり、とにかく母の幸せそうな顔ばかりが走馬灯のように浮かんでは消えていった。そんな感情に浸りたかったのかもしれない。私は時間を見つけては病院に足を運び、パンパンに膨れた母の身体の浮腫みを少しでも和らげようと慈しむようにその身体を摩り続けた。

そうして私の看護にもならない看護は母の入院から半年を過ぎる頃、幕を閉じた。

「母は最後どう思っていたのかしら。母は辛かっただけよね」といつも母に付き添ってくれていた看護師さんに尋ねた。
「それは誰にもわからないことよ。もしかしたらお母さんはもっと早く楽になりたかったのかもしれない。でもあなたはお母さんの身体をさすりながら慈しんだでしょ。そうやってお母さんとそしてあなた自身と向き合えたことは事実よ。人が最期を迎えるにあたって正解なんてないと思う。でもあなたの気持ち次第でそれを正解だったと思うことはできるかもしれないわ」
私は何かが吹っ切れたように溢れて出てくる涙を抑えられなかった。

タイトルRe: 短編小説『最期』
記事No4580
投稿日: 2019/01/06(Sun) 08:31
投稿者カズ

 小説に書いてみて、主人公や脇役のロールプレイ(役割演技)やシミュレーション(こうしたらこのキャラの人物ならどう感じ、どう動くだろうと推理すること)をすると見えてくるものがありますね。実際に体験した時の自分の心の動きはなかなか表現できるものではないんだけれども。

 感情の動きに惑わされているものを、もう一つの目から(第三者的に)理性の側で捉える作業です。

 前にもこのフォーラムで書いたことがありますが、村上龍さんから直接聞いたことなんですが、小説家は調べ尽くして全てをわかってから書くのではないというんです。
 『半島を出よ』という作品を描きながら、設定したキャラに演技をさせ、こんな状況にしたら北朝鮮の特殊部隊はどんな行動をとるだろう、野球を観戦中の日本の観客はどんな反応をするだろう、主人公はどんな風に感じ、何を思い、どのように行動するのだろうと、学び続けるんだと。

 つまり、小説家は、自分がわからないことに照準を合わせ、キャラ同士をゲームのようにその世界観の中に放つことで、描きながらわかろうとするものなんです、と語ったのです。
 わからないことをわかりたくて、書くんだ、と。

タイトル短編小説『現実』
記事No4582
投稿日: 2019/01/08(Tue) 00:32
投稿者USA
>  わからないことをわかりたくて、書くんだ、と。

小説『現実』

今の世の中、なんだって簡単に手に入る。私はその手段を手にしたのだから。誰だってそうじゃないの?難しいことなんて何もないよね?でも、今、私の横で苦しんでるのは、、誰?

私は昔から利口だった。親や先生に小言を言われるくらいなら、そう言われる前に勉強した。だってそれだけしてりゃ親なんて嬉しそうにしてるんだもん。でもまぁ運動は苦手かな。だってあんなの馬鹿みたいじゃない。大したこともない大人が先生だからって偉そうに指示してくるんでしょ。考えらんない。何の疑問も抱かず先生に従うんでしょ。一生やってろつーの、バーカ。

結婚?したよ。それなりに私、可愛いし。出会い系サイトでチョイチョイとやれば男なんてすぐに引っかかるわよ。旦那もまぁ、楽勝ね。なんだって私のいうことを聞くもの。でもなんかそれもしばらくすると刺激がなくなったし、だからその隙間を埋めるようにあちこち飛んだわ。「そこ」は刺激的よ。自分の思い通りの反応があるからね。第一、ウザくなったら「そこ」から出て違う「そこ」に行けばいいんだから。とにかく「そこ」はいつでも繋がれる世界だから、旦那をゲットしたみたいに、いつでもすぐに友達もゲットできるもの。世の中が寝静まるころに「そこ」のみんなも忙しなくなるのよね。「そこ」ではたくさんお金を積むとまるでみんな親友のように近寄ってきてくれる。自分がレアで特別な存在になったような気分。

あれ、そういえば最近旦那を見てないな。ま、いっか。それより最近課金出来なくなってきたな。節約してまた課金してもっとレアにならないと。みんな私のこと頼りにしてるんだから。

ぎゃあぎゃあ泣くなよ。うるさいな。そこにミルクあんだろ、飲んどけよ。

あれ、最近泣かなくなったな。何も与えてないからかな。でもお金ないし、仕方ないじゃん。

すっかりお金もなくなってまるで誰も相手をしてくれなくなった。

私は今どこにいるの?
みんなどこにいったのよ。前までチヤホヤしてくれたじゃない。そんなにイジワルするんじゃもう相手にしてあげないよ。
ところでここはどこ?
私は1人なの?

ん?横にいるのは、、誰?
私?じゃなくて、、、愛子?

愛子、愛子。
「愛子」と明確に頭の中で認識した時、私は呼吸ができなくなり息を吸おうとすればするほど体が硬直した。なんとか息を吐き出すと今度は激しい嘔吐が襲った。しかし何日もまともに食べていなかったせいか、胃から吐き出すものはなく苦々しい胃液だけが涎ととに唇から爛れ落ちる。
苦しい、苦しい。
横にいるあなたも苦しいの?
愛子。あなたはそうやってどれくらい苦しんでたの?ごめん、ごめんなさい。愛子。今ようやくあなたを見て「そこ」から抜け出せたわ。苦しいね。でもここが「現実」なのね。お母さん、今までどこかに行ってたみたい。もういつからかわからない。でも「苦しい」とわかる。そしてあなたが私の子「愛子」とわかる。ようやく本当の「現実」に戻ってきた。

気がついたら私は病院の一室にいた。
愛子の衰弱は著しく極めて危険な状態にあったが一命は取り留めたらしい。
「らしい」というのは、もう私は愛子には会えない。これから刑法に基づき処罰され、おそらく執行猶予付きの有罪判決を受ける。
愛子は児童養護施設に保護されていると人伝てに聞いた。

私は有罪判決を受け、「現実」を現実として受け入れることを決意した。アルバイトで生計を立てる傍ら、ボランティアで依存症に苦しむ母親に講演を続けた。私のような親を減らさなくてはいけない。子は親を選べない。つらくても親は現実を受け入れる。まずはそこから始めないと逃げてばかりの人生ではますます現実は遠のく。
愛子にはもう会えないかもしれないし、会う資格もない。でもそれが現実だと受け入れられるくらいには私は強くなった。
愛子。あなたは私のことはもう忘れてね。あなたはあなたの現実を生きて。素敵な現実があなたに訪れることだけを私は祈ります。


【著者あとがき】
先日、両親がゲームに依存するがあまり子供を見捨て、餓死させるという痛ましい事件の記事を新聞で読みました。
子を持つ親としてはもはや人知の及ばない行為であり、まるで僕には理解ができません。
藤原さんが仰る通り、人はわからないことをわかりたいと思うからこそ小説を書くのかもしれません。あたかもその人物に成りきったかのように。しかしその出来事が悲しければ悲しいほど、その話に一縷の希望を描きたいと小説家は願うのかもしれません。ただ苦しくて悲しいだけの小説ならば辛すぎて小説など書けないと思うのです。
『本を読む人だけが手にするもの(小説編)』で何冊か小説を読みましたが、どんな小説でも必ずどこかに希望や期待が描かれています。そうでなければ読者もつらくて小説など読めないと思います。
今回のチャレンジは思ったよりも勉強になります。

タイトル2つの文庫
記事No4583
投稿日: 2019/01/08(Tue) 07:46
投稿者カズ

> 『本を読む人だけが手にするもの(小説編)』で何冊か小説を読みましたが、どんな小説でも必ずどこかに希望や期待が描かれています。そうでなければ読者もつらくて小説など読めないと思います。

 正月に時間が空いたら読もうと思って、本屋に平積みされていた文庫を買ってきました。
 この2冊は、どちらも犯罪系のものなのですが、被害者だけでなく加害者側の背後が丁寧に描かれていて、いつもは図書館や団体に寄付してしまうのですが、とっておこうと決めました。

 『月光』誉田哲也(中公文庫)と『イノセントデイズ』早見和真(新潮文庫)です。

 後者は、元彼の家族に付きまとったあげく放火して妻と双子を殺してしまい、死刑囚となった女性をめぐる真実が徐々に明かされていく重厚なストーリー。
 まだ読んでないつもりで買ってきたのですが、2度目か3度目かな・・・それでも、読み応えがあります。

タイトルイノセントデイズ
記事No4587
投稿日: 2019/01/08(Tue) 22:11
投稿者カズ

> 『イノセントデイズ』早見和真(新潮文庫)

 今、読み終わりましたが、涙が止まりません。
 解説は、私が東野圭吾や宮部みゆきさんと並び称される天才だと考えている辻村深月さんです。

 扱っている問題領域は死刑制度とか冤罪とか、そういうことなのですが、この作品のテーマは、そうしたものを超えて突き刺さってくる「生きるとは何か?」のように感じます。

タイトルRe: イノセントデイズ
記事No4593
投稿日: 2019/01/15(Tue) 19:43
投稿者USA
>  扱っている問題領域は死刑制度とか冤罪とか、そういうことなのですが、この作品のテーマは、そうしたものを超えて突き刺さってくる「生きるとは何か?」のように感じます。

『イノセント・デイズ』(新潮文庫)早見和真

ある女性が元恋人とその家族である双子の子供2人、そしてお腹に子を宿す妻が住む自宅を放火し殺人を犯す、といったところからストーリーは始まります。
マスコミは殺人を犯した女性をステレオタイプのイメージで報じ続けるのですが、そのイメージとは裏腹の人生がその女性の背景にはありました。ストーリー的には東野圭吾さんの『容疑者Xの献身』に似ていますが、その女性の背景というのは筆舌に尽くしがたいほど壮絶です。

あくまで小説でありフィクションなのですが、仮にこのような過酷な人生を送ってる方が実在するとすれば、想像するだけで胸が締め付けられます。

自分ではどうすることもできない現実を前にして、それでも「生きる」ことにどのような意味を見出せばいいのか。「どんなにつらいことがあっても生き続けなくちゃだめだ」と言葉をかけてやることはできても、それは時によっては何よりも残酷な言葉になるとこの小説で学びました。

どんなにAIが進化しても完璧に人を裁くことなんて絶対無理だ、となぜか思いました。

『本を読む人だけが手にするもの(小説編)』(よのなかフォーラム出版)皆さまからの推薦本50冊のうち14冊目の書評

タイトルRe: 短編小説『最期』
記事No4588
投稿日: 2019/01/08(Tue) 23:35
投稿者ようへい
奈良市在住の ようへい です。
USA様 いつもありがとうございます。
尊厳死の問題に関する小説ですね。

この問題は、よのなか科でも取り上げられているコアな題材だと思います。
私も人の生き死に関しては考える機会が多いのですが、
今思うことは、残された者はどのような選択肢を選んでも完全に満足仕切ることは無いと思います。
命の特に終焉には絶対的な回答は無いというのが生死を少し人より多く見てきた私の考えです。
相手がどのように思ったかを考えても話せなくなった人からは答えはもらえません。
だとしたら、自分が変えられる自分自身の受け取り方を見つめ直すしか無いのでは無いでしょうか?

自分がどう思っているか一生懸命考えてくれる人を愛せない人はいませんよ。きっと。