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タイトル武曲
記事No4540
投稿日: 2018/12/15(Sat) 17:27
投稿者USA
『武曲』(文春文庫)藤沢周

この作品には多くのテーマが内在されているのでどの観点から書評を述べるべきか迷います。
しかしあえて選ぶとすればやはり親子関係でしょう。

矢田部研吾は幼い頃から父である将造に剣道を叩き込まれます。しかし父の指導は「剣道とは殺人剣である。殺す気で相手に挑め」といった異常なものであり、それに呼応するかのように親子関係も歪に屈折していきます。やがてこの親子は文字通りの「死闘」を繰り広げることになります?その結果は、、、。
これ以上書評を述べるとこれからこの小説を読む方の楽しみがなくなるので内容についてはこれくらいにしておきます。

僕は藤沢周氏の作品を始めて読みました。その構成力に、僕は驚懼の中にいながら読み進めました。「親子関係」というテーマを小説の序盤から読者に投げかけます。しかしなぜ父が阿修羅の如く息子に接するのか、その「なぜ」が小説の終盤まで明かされません。その間読者は否が応でも様々な想像をします。そして自身の人生をも反芻させることでしょう。知らぬ間に読者はその小説の世界にはまり込み、読み終えるまでその世界から抜け出せないでしょう。

『本を読む人だけが手にするもの(小説編)』(よのなかフォーラム出版)皆さまからの推薦本50冊のうち11冊目の書評

タイトルハラスメントとの狭間で
記事No4541
投稿日: 2018/12/17(Mon) 08:54
投稿者ようへい
USA様
いつも書評ありがとうございます。

人との関わり合いがいろんなタームの出現(・・ハラスメントなど)で良くなっていくのか、悪くなっていくのか・・分かりませんが、長い視点で見ると人類の人間間に関係性は改善傾向と思っております。
奴隷制度の廃止、選挙権の拡大などなど・・
新しい世代の人間が次の盛大を切り開いてきた歴史は人類史において揺らぎようのない事実なので、良くなっていくと信じています。

奈良市在住 ようへい

タイトル恐ろしい才能
記事No4544
投稿日: 2018/12/18(Tue) 16:57
投稿者USA
この小説では父である将造が息子である研吾を「愛している」などといった直接的な表現は一切出てきません。
それだからこそ読者は父が子に対し想う気持ちを推測するしかありません。
将造は研吾を最後の最後に愛することができたのだと僕は思います。将造はおそらく剣道に取り憑かれていたのでしょう。相手と対峙するときにこそ血が滾り、生を実感し、至福の絶頂を感じていました。だからこそ家族のことなどは二の次で自分の欲求のためだけに剣道の道に逃げたのでしょう。しかし研吾との「死闘」では実の息子に対し致命傷を負わせることはできませんでした。その最後の一太刀の一瞬に、父は息子への愛を最初にして最後に実感できたのではないでしょうか。
その死闘後、研吾は自分を見失いアルコールに溺れます。そんな最中、ある青年に出会います。羽田融です。融には剣道の天賦の才がありました。何かに取り憑かれたように剣を振るう融に研吾は父の姿を重ね合わせます。
やがて研吾は実の父と交わしたように融と剣を交えます。それはもはや運命だったのでしょう。しかしこの試合に至るまでに研吾と融はお互いにそれぞれずっと自分と向き合ってきました。だからこそ2人の決闘は「死闘」にはなりませんでした。試合の最中、完全に2人だけの世界に入りました。両者はそこに宇宙を感じたのです。
このクライマックスの描写はもはや芸術の域です。とてつもない技量です。言葉だけでここまで感情と情景を描写する才能に僕は畏怖の念さえ感じました。