50代から老衰した明治期の『坂の上の雲』世代には一仕事終われば枯れていく隠居生活が待っていた。だから、奇麗に死ねた。でも、寿命が倍に延びて80代まで生き延びる『坂の上の坂』世代では、仕事をひとやま超えて慣性だけで余生を生きるのは無理がある。
じつは、多くの日本人は、明治を生きたおじいちゃん達『坂の上の雲』世代と、その手本を見習い昭和を生きた父親世代の「人生の残像」を追いかけている。ただでさえ日本人は司馬遼太郎の名作『坂の上の雲』のファンなのだ。
だから、「人生がひと山でできている」と勘違いしてしまっている。その証拠に「人生のエネルギーカーブ」を描かせてみると、たいていの人は中央部がピークの大きな山なりのカーブが死に向かって下降していくイメージを持っている。
こうした「人生はひと山だ」という先入観は、これからを生きる『坂の上の坂』世代を不幸にする。後半の人生がさらに40年もあるからだ。
逆に言えば、20年もやれば、なんでも10000時間以上の練習量が確保できるから、いままでやったことのないことでも一流は無理でも二流の一番にはなれる。いや、少なくとも中級か上級者にはなれるだろう。スポーツでも、研究でも、本当にやりたかった仕事でも。40年で、あと「ふた山」つくれる計算だ。
そのためには、早めに、一つ目の山を登らせてくれた「会社」というコミュニティから軸足を移さなければならない。新しい山に歩を進める恐怖を味わいながらも、思い切ってコミュニティを踏み替えるのだ。
この時のポイントは、人生のエネルギーカーブに気をつける、メいい子モを演じるのはもうやめる、組織内自営業者を目指す、すべて投資家目線で買う、地域社会にデビューする、二人主義の準備をはじめる(奥さんが後半のパートナーに相応しくなければメンバーチェンジする/逆に相手から三行半を突きつけられることも覚悟のうえで:笑)、前から惰性で払い続けていた生命保険を解約し掛け替える、疎開先をつくっておく・・・。こうして富士山型から八ヶ岳型へ、人生のイメージを変換することが、どうやら私たちの人生を豊かにすることにつながりそうだ。
震災・津波・放射能で傷ついた日本。円高も中国の台頭も少子化も、雇用不安も食糧危機も年金問題も国債も。それでも孫たちの世代に何がお返しできるのか考えた時、それは「年長者の新しい人生モデル」そのものではないかと思えてくる。
そう、『坂の上の坂』世代が続々と後半の人生にチャレンジし始めた時、高齢化は、日本の社会を制約する負の条件から、未来を約束する一筋の光明に替わる。
まず一歩、「みんな一緒」でない別の山の尾根道に踏み出すことから始めよう。
ワクワク、ドキドキ、ハラハラしながら「正解主議」でないやり方の楽しさを次世代のやつらに見せてやるのだ。それがやがて孫たちに残す最高の贈り物になる。
最高の贈り物とは『坂の上の雲』を超える新しい日本人の人生のイメージだ。
「踏みはずすことでしか次の山には踏み出せない」から。
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