1『最初の選択』 鳥居晴美著:悠飛社
※鳥居さんについては【よのなかのおとなたち】のコーナーで詳しく紹介しています。 |
| 長男にとって理想的なファーストスクール(幼稚園)を探し歩いた末に結局見つからず、自分でつくってしまった母親のドキュメント。ユニダ・インターナショナル・スクール設立から子供地球基金というNGO誕生まで、母はここまで強くなれる。 |
| 2『あなた自身の社会〜スウェーデンの中学の教科書』 川上邦夫訳:新評論 |
| スウェーデンの中学校では“社会科”をこのように教えている。事件を起こして裁判を受けるケーススタディやホモ・セクシャルに関する解説など、中学生を一人の個人として自立させようとする意欲が感じられる。私はこの本に刺激を受けて「よのなか」(筑摩書房)の第2弾でもある「ルールズ」(仮題)を著した。 |
| 3『0(ゼロ)の真ん中』 時任三郎:主婦の友社 |
| タレント本だと思って読んだ人は、この人物のバランス感覚と自然や人間に対する素直な感性に圧倒されるだろう。子供を生み育てることについても、超多忙の著者がニュージーランドで家を借りてまで自然分娩に立ち会う様が描かれる。3人の子の出産に立ち会い、次男は助産婦だけで長男も見ている前で家庭分娩、長女にいたっては自分で取り上げてしまった経験を持つ私は十分に共感できた。なお、時任氏は自ら「SUBNET」というサイトを制作・管理している。 |
| 4『学校を基地にお父さんのまちづくり』 岸裕司著:太郎次郎社 |
| 公立の小学校の教育に、地域社会、特にお父さんたちがどう貢献できるのか、秀逸な具体例を示したヒューマン・ドキュメント。やはり教育委員会とのゴタゴタはあったらしいが、学校が校長のリーダーシップで地域に向かって開いていけば、父兄や地域住民の生涯学習もからめて、大人と子供がともに学べる学習センターになれる可能性を示している。「親の学ぼうとする姿そのものが、子供にとって最高の教材だ」という言葉が印象的。ちなみに、この学校の“ウサギ小屋”も“図書館”も、お父さんたちのボランティアで子供達と一緒になって造られた。 |
| 5『バイキンが子どもを強くする』 藤田紘一郎著:婦人生活社 |
| バイ菌や雑菌を過剰にまで排する世の中の傾向が、逆に子供達に本来備わっている抵抗力や生きるチカラを弱めてしまっていることを指摘している。回虫が子供達のお腹からいなくなって、アトピーなどのアレルギーが増えてきたことをデータで示しながら、親たちの過剰な清潔癖に対して警告する。著者は自ら、お腹に住むサナダムシの“キヨミちゃん”とともに健康に暮らしているそうだ。 |
| 6『子どもたちはなぜキレるのか』 斉藤孝著:ちくま新書 |
| 教育改革の方向性については、とかく総合学習などの余裕のある時間設定や創造性重視の柔軟なプログラム改正が叫ばれるが、著者は、日本の社会が戦後一貫して家庭でも学校でも失ってきた正しい“身体”マネジメント教育の復興を説く。日本固有の“腰肚文化”(はらをくくる、はらを据える、腰がすわる、腰を落ちつける)と胆力、根気の関係を説き、身体性から“生きるチカラ”を評している。 |
| 7『なみにきをつけて、シャーリー』 ジョン・バーニンガム作:ほるぷ出版 |
| 親と子がいかに血のつながったもの同士でも、どんなに「あの子のことは私が一番よく知っている」と思っても、目の前にある現実をどんなに違った感性で、それぞれがそれぞれの脳に刻み込んでいるかがわかる本。「ひとはみな、違う現実を生きている」ことがやさしくわかる絵本。 |
8『人間を幸福にしない日本というシステム』
カレル・ヴァン・ウォルフレン著:毎日新聞社 |
| みんなわかっているのだが、“外人”に改めて言われないとわかった気がしない。「わかっちゃいるけど、やめられない!」という誰かの鼻歌が聴こえる。 |
| 9『ダウン症の子をもって』 正村公宏著:新潮社 |
| イタズラ盛りの子をもつ親は、本当に疲れるもの。ときにはコップに八つ当たりして台所のシンクに投げつけて割ってしまいたいこともあるし、ちょっくらキレてしまって、思いきり息子の尻をひっぱたくときもある。しかし、このドキュメントの親よりは、楽なのだろうと素直に思う。こんな風だったら、自分は果たして耐えられるだろうか。逆に、健常なことでかえって親子の絆が薄まってしまっているのが、現代の親子の問題なのかもしれないとも思えてくる。 |
| 10『きのくに子どもの村』 堀真一郎著:ブロンズ新社 |
| こんな学校があっていいのだろうか。文部省や教育委員会は認めるのだろうか。続けていくことは可能だろうか。あらゆる疑問が湧いてくる。だから私は実際に妻をともなって、和歌山の田舎を訪れた。学年をつくらず縦割りでテーマ別に構成されたクラス。“工務店”組は来る日も来る日も校庭に来客用のレストラン棟を建築しながら、その設計を通じて幾何や数学を、材料の買い出しで社会を、加工で理科を、建築日誌で国語を、自分のものにしてゆく。先生は地元の大工さんだ。さて、どんな大人が育つのだろうか? 答えはまだ出ていない。 |