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第2回:人生の教科書『よのなか』対談





 人生の教科書『よのなか』は、最新刊『ルール』同様、中学・高校向けの社会科の教科書として編集された本です。従来の制度論に終始する教科書の作り方に対して、読者自身の身近な視点から語りおこした、学校では教えない教科書が、ロングセラーとなり、学校の先生や生徒だけでなくビジネスマンにも広く読まれています。この対談は、雑誌『ダ・ヴィンチ』(メディアファクトリー刊)において行われたもので、宮台真司氏と藤原和博氏、二人の著者が執筆の狙いを語っています。

宮台真司 東京都立大学人文学部社会学科助教授。社会学博士。援助交際、オウム問題、少年のナイフ事件などの様々な社会風俗、事件を社会学的に考察する稀代の社会学者。著書に 『終わりなき日常を生きろ』(ちくま文庫) 『これが答えだ!』(飛鳥新社) など多数。
藤原和博 東京大学経済学部卒。ロンドン大学ビジネス・スクール客員研究員を経て、現在(株)リクルート・フェロー。コンピュータとネットワークを使った全く新しい教育ノウハウの開発に取り組んでいる。著書に『処生術』(新潮社)『父生術』(日経)『僕らはどんなふうに大人になったのか』(講談社)など多数。

山手学院の授業で使われた『よのなか』―この『よのなか』は、副題として「人生の教科書」とあります。実際に中学・高校の社会の授業で使われたと伺いました。

藤原:そうなんですよ。神奈川県の山手学院(※注釈)です。
宮台:藤原さんが授業をしたんですか?
藤原:いや、授業は先生がやって、僕は生徒の質問に答える立場で見学しました。
宮台:どんな反応でしたか?
藤原:面白かったですよ。優等生的でない生徒のほうがユニークな回答をするのね。たとえばハンバーガーショップを出店する時の立地条件を問うと、優等生は「人通りの多い駅前」って教科書通りの回答をする。でも茶髪に耳ピアスみたいな連中は、「大学のそばのほうがいい。胃袋大きいし、ファーストフードにも慣れてる」って。僕はむしろそういう回答のほうに刺激されましたね。
宮台:僕も同じ経験をしています。いろいろなとろこで講義をしてるけど、やっぱり茶髪にピアスとか、不登校経験者とか援交やってる人間のほうが腹が据わった鋭い質問をしてくるのね。
藤原:なるほど。
宮代:今の授業って、疑問を持つことを否定されるじゃないですか。とにかく覚えろ、みたいな。そういう授業されちゃうと、教室に入るのが嫌になっちゃう生徒が出てくるのもわかる。そうじゃなくて、自分と社会との関わり方を議論したり自分で考えさせるような授業が必要だと思うんですよ。でも現在の教育では、誰もそこまでやっていない。
藤原:僕、この『よのなか』を詩人の谷川俊太郎さん(※注釈)に見せたんですよ。そしたら「僕が10年前に作った本と一緒だ」って言われて。『いっぽんの鉛筆のむこうに』という絵本で、鉛筆がどういう工程でできあがっていくか、材料はどうやって届くのか、どうやって店に並ぶのかが描かれているんです。つまり目の前の身近なモノが実は社会というシステムの中にあって、自分もその社会に関わって生きているんだということが実によくわかる。
宮台:自分以外を全部風景としか見ることができなかった連中は、『よのなか』で社会と結び付きを知ることができるようになりますよ。

『シムシティ』が教えてくれるもの(※注釈)

宮台:教育の現場でお金の話って、なぜかタブーなんですよね。
藤原:そう。でも実際は世の中ってお金がらみでできているじゃないですか。僕が書いた第1、2章と荒尾貴正さんの3章では、ズバリ、お金がテーマです。
宮台:社会感覚ってやつですよね。教科書ではハンバーガーの原価計算とか接待の現場とか教えてくれないですもんね。
藤原:『シムシティ』っていうゲームがあるじゃないですか。あれは自分が市長になって町を大きくしていくゲームだけど、あれをやると世の中がお金がらみでできているのがよくわかる。市民から税金を徴収して予算を組み立て、産業やインフラ、あるいは市民の暮らしを豊かにしたり。
宮台:そういうまっとうな社会感覚は学校の授業では教えてくれないですよね。先生にそれがないからですよ。成熟社会では暗記力ではなく創意工夫ができる奴のほうがトクをするようになる。逆に社会システムの中で、自分がどこにいるかという感覚を持てない連中は選べるはずの選択肢を失って損をするでしょうね。
藤原:先日、スウェーデンの中学で使っている社会科の教科書を読む機会があったんですが、そのタイトルが『あなた自身の社会』(※注釈)っていうの。
宮台:いいタイトルですね。
藤原:で、「あなたの人生はこんな風な制度や人々に関わりながら進んでいくんですよ」って教えてるわけ。
宮台:それは大切。我々はともすれば、お金を入れればジュースが買える自動販売機のように社会がなりたっていると錯覚してしまう。でもその裏側にあるもの、つまりシステムとしての社会を理解することが必要ですね。それを知っている人間だけが、社会を利用して自由になれる。
藤原:その第一歩としては、この『よのなか』は最適な教科書だと思いますね。

処方箋をカットした幻の第6章

藤原:そうそう、実はこの本、第6章があったことも言っておかないと。
宮台:第7章もありましたよね。でも結局全部カットしてしまった。
藤原:宮台さんが担当した第5章が問題提起をする内容なので、その処方箋も書いておこうと。でもそれをするとすごく重い内容になってしまうので、読者にそれぞれ考えてもらうという形式にしました。
宮台:第5章で触れた、なぜ人を殺してはいけないかという問いに明確に答えるのが第6章でした。要約すると、僕達が人を殺さないのはルールや理由があるからではなく、殺せないからです。僕達の多くは人を殺せないように育つ。実は人を殺せないように育つメカニズムがあるのです。「なぜ人を殺してはいけないか」を子供に説明しなければいけなくなった時点で、既にメカニズムは壊れている。ではそのメカニズムは・・・という話。これが今回の姉妹編『ルール』の第5章として生き返りました。
藤原:先日、子どもと一緒に『ドラえもん』(※注釈)を見ていたら、「のび太は独裁者?!」っていう話で、のび太君が何事にもうまくいかず「みんないなくなっちゃえ!」と叫ぶと、本当に誰もいなくなっちゃう「どくさいスイッチ」という道具なんです。ドラえもんまでいないんです。のび太は最初は喜んでいるんだけど、ついに孤独に耐え切れなくなって泣きじゃくるんですよ。
宮台:どうなるんですか。
藤原:ドラえもんは隠れていたんですね。で、こう言うんです。「これは実は独裁者を作らないためのマシンなんだよ。」
宮台:面白い。
藤原:たった30分だったけど、中身は濃かったな。
宮台:実を言うと僕も子どものころ独裁者になりたかった。何でも自分で決定して、気に入らない奴は溶鉱炉に投げ入れて殺しちゃう(笑)。
藤原:でも、たとえ気に入らない奴でも、社会や他人との関わりなく生きてはいけない。結局手塚治虫さんがゲーテの『ファウスト』(※注釈)をアニメ化する中で最後に言いたかったのはそこでしょうね。
宮台:でも実際はそんなあたりまえのことがわからない子どもが多い。だからそれを教える教科書が必要なんです。
藤原:渡辺直樹さん(注・元『SPA!』編集長)は家のいろんなところにこの『よのなか』を置いているそうですよ。で、子どもに「どうだった?」って聞くんだそうです。ドラッグ、売春、自殺なんてテーマ、なかなか正面きって話す機会ないですからね。
宮台:親子のコミュニケーションツールになっているわけですね。そんな使い方をしてもらえたら最高ですよ。


【本文中の注釈】

山手学院での授業
 『よのなか』第1章「一個のハンバーガーから世界が見える」を題材に、実際に授業が行われた。授業後の生徒のアンケートでは「ハンバーガーにこんな裏事情があると知って驚いた」「ハンバーガーからこんないろいろなことが学べるなんてすごい」といった声が聞かれた。
谷川俊太郎さん
 詩人。18歳のころから作詞を始め、21歳で、『二十億光年の孤独』を刊行。詩、翻訳、創作わらべうたなどその活動は幅広い。代表作に『六十二のソネット』『落首九十九』。また『マザー・グースのうた』の訳も有名。
『シムシティ』
 何もない土地から都市を築いていくシミュレーションゲーム。税収や予算配分、行政の施策を決定する市長として、住宅、産業、商業の成長を促進し、都市を発展させていく。新聞が定期的に発表する市長の支持率が成長の目安。
『あなた自身の社会』
 スウェーデンの中学校で使われている社会科の教科書。本文で紹介したテーマのほかにも、10個前後の犯罪を列挙して罪が重いと思う順にランキングさせ、なぜそう思うかを論議させるなど、生徒が社会と密接に関わっていることを様々な角度から論議する材料を与えている。
ドラえもん
 22世紀のネコ型ロボット。のび太の子孫に当たるセワシ君が、先祖ののび太のぐうたらさを見かねて世話役として派遣した。2112年9月3日生まれ。ネコのくせにネズミが大の苦手。
『ファウスト』
 ドイツの詩人、ゲーテによって完成された戯曲。あらゆる学問を究めた末に、それらが結局何も教えてくれなかったことに絶望したファウストは、悪魔メフィストフェレスの力で若返るが、愛するグレートヘンを悲惨な死に追いやる。その後社会的活動に生の充実を見出す。

(『ダ・ヴィンチ』99年4月号より転載)

◇第3回コラム:松永真理さん 
“プライド-処生術2を読んで”


◇第1回コラム:テリー伊藤氏 
“『処生術』を道徳の教科書に”



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